第144話 浅草の大川沿いで賊に急襲される
痴話喧嘩めいた珍道中を繰り広げつつ、逆転夫婦は大川添いに東上する。
初秋の清冽な川風が、じっとり汗ばんだ肌を心地よく撫でてゆく。
本所吾妻橋の先に浅草寺の雷門が見えて来た。さすがは、浅草。いまだ明けきらぬ卯の刻なのに、参拝客相手の露店を準備する人影が、忙しげに動きまわっている。
「ちょいと、おまえさん。浅草は初めてだろう? 大したもんだね、この活気ぶり」
「まことに。千駄木や深川あたりには見られぬ、いかにも人間くさい風景よのう」
お上りさんにもどった夫婦が対岸の光景に見とれているとき、
――殺気!
涼馬と清麿は同時に飛び跳ねる。
――はっ!
無言の気合いで
目立たぬ町人風だが、一分の隙もない所作から、いずれも刺客の玄人と知れる。
「何奴じゃ、名を名乗れ!」
清麿が錆びついた声を発したが、賊はじりとも動かぬ。
「者ども、かかれ!」
棟梁の男が
ふうわり。
涼馬は堰堤から舞い降りた。
「涼馬。そなたは猫になれ」
関口流柔術の宗田達心師範の声が聞こえていた。
爪先が地に着くより早く、懐剣で賊を薙ぎ払う。
――ギャアー!
凄まじい悲鳴を発して、丸太ん棒が転がった。
すかさず賊の刀を奪い、つぎの攻撃に備える。
その間に、清麿もひとりの賊を仕留めていた。
「うぬ、畜生。退け、退くのじゃ!」
残った賊はまとまって逃げ出した。
「お清、深追いは無用じゃぞ」
「涼馬殿、合点承知の助じゃ」
夫婦ならではの阿吽の呼吸。
懐紙で血糊を拭き取った懐剣を腰の鞘に納めながら、はて何処かで見たような……涼馬の脳裡を生々しく掠めていくのは、賊の棟梁が翻した小袖の裏布の記名だった。
――如是坊。
この春先、絵島囲み屋敷を襲った賊が、花畑衆の新田伊織棟梁の刀に斬られて置いて行った布の切れ端にもたしか「女」と「口」の文字があったように記憶している。
――兄上を襲った賊も、今回も、同一人物に違いない。
だとすると、賊の裏で糸を引く輩はたれぞ、いかなる勢力なるか。
絵島さまのお命を狙い、われらの行動を阻止せんと企む者は……。
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