第143話 その道にかけては清磨に軍配があがる(笑)



 断定された清麿は、べつだんムッともせぬらしく、素直に首肯しながら、

「まことにもって然りでございますよね。で、さような場合は、御台所さまから将軍さまに、ご自身のご中臈を献上申し上げるという形式を採られるそうにござります」


 色の道の先達として、耳年増ぶりを得々と披露する清麿が、涼馬には癪に障る。

「ご自身の侍女を夫の夜伽よとぎに差し出さねばならぬとは御台所さまもお気の毒な……」つい同性としての同情で抵抗せずにおられぬ。


 だが、清麿は箕のなかの豆をひっくり返すがごとく、易々と話を逸らせて、

「月光院さまは最初から将軍さま付きご中臈であられたわけですから、ご正室の天英院さまとの間柄もかえって面倒で、幾重にも捻れたもつれが生じたやも知れませぬ」


 体よくこちらの気持ちをはぐらかせる清麿に、涼馬はびょうを投げつけてやる。

「なにを物知りぶりおって。拙者とて、さような状況は察しがついておるわ」


 思いがけぬ涼馬の剣幕に、清麿はひょっこり首を竦める。


「運がいいのかわるいのか、とりあえず将軍さまのお手付きになったご中臈は、その他大勢の『おきよの者』たちから、表向きは『御内証の方』と持ち上げられつつも、かげでは汚れた者として、えげつない悪口をさんざんに言われるのであろうのう」


 負けん気の涼馬の熱弁を可笑しそうに聞いていた清麿は、

「星野の深窓のご令嬢さまが、さような下世話をよく御存知でいらっしゃいますね。では極め付けに、店先に居て娑婆で起こる何もかも見ているはずの招き猫も吃驚きょうきゃくの事実をご存知でいらっしゃいますか」ここぞとばかりに駄目押しをして来た。


 涼馬はびくっとして、本物の女のように綺麗な清麿の口許を、恐る恐る見遣った。


「生涯に渡って御身お清らかなままの『お清の者』のみなさまは、将軍さまと御台所やご側室のねやの隣室に控え、一晩中の愛の行為やら睦言やらをつぶさに聞く特権を、いつのころからか勝ち取っておられるそうにござります。まあ、あれでございましょうね、せめてもの鬱憤晴らしというところでございましょうか」


「さように残酷な……。とうてい人間の行為とは思えぬ」

 易々と清麿に乗せられた事実に、涼馬は気付かぬ。


「出口のない嫉妬と野望、蹴落としの企みが渦巻く、まことにえげつない女の世界でござりますね」主導権を完全に取られた涼馬は、口惜しさに、ぎりっと歯噛みした。


 ――妻にいいように牛耳られるのは、男として業腹ごうはらだ。


 さような自覚が早くも涼馬の中に芽生え始めているらしい。


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