第140話 ひそかに志を共にする者たちの連帯感



 自らの打った投網にまんまと掛かってくれた夫婦が、しきりに尾鰭を撥ねて焦れている様子を愉快そうに眺めていた七三郎がおもむろにパンパンと手を打つと、豪胆な松竹梅の襖が動き、百姓と見紛う地味な成りをした小柄な男が静かに罷り出て来た。


「ご家老さま。お呼びでござりますか」

 動くとも見えぬ口もとから、きびしい鍛練がうかがわれる渋い声が発せられた。


「久道弥太郎殿。ここに控えおるのが、先刻の、例の奇妙奇天烈な夫婦でござる」

 いきなり噛み砕いた七三郎への抗議を滲ませた涼馬が「お初にお目にかかります。星野涼馬にござります」型通りの挨拶をすると、清麿が「その妻にて」と続ける。


 間髪を入れず弥太郎が「いやはや、聞きしに勝る好一対のご夫妻であられますな」大仰に感嘆してみせたので、微妙な緊張に包まれた座が、どっとばかりにほぐれた。


 すっかり気をよくした七三郎は、さらに熱心に語り重ねる。

「わしが見たところ、ここに集うた者は三者三様に立場は違えど……あ、そなたたち夫婦は一心同体としての話じゃが……なに、さように赤くならずともよいわ。読んで字の如しであって、それ以上でも以下でもないのじゃからな。ええい、面倒な。ま、とにかくじゃ、ここにいる者の根幹を成すものは同じと、かように見たわけじゃわ」


 たちどころに七三郎の言辞を理解した涼馬は、清麿と共感の目を合わせる。

 面を伏せたままの弥太郎の表情はうかがえぬが、同じく異議なしと見える。


「すなわち、わしらはみな、世間の目や、世間常識なるものとは明確な一線を引いておる。ただし、心の奥底では、の話であって、表面上は、如何なる俗人よりも俗人を装うておる。な、そうであろう」


 謎めいた七三郎の問いかけに「御意にござります」「仰せの通りにござります」

 御土居下同心の弥太郎も、涼馬と清麿夫妻も、こぞって素直な共振の意を示す。


 類は友を呼ぶとか、類を以て集まるとか申すが、いまがまさにその場であった。

 むろん、瑠璃るり玻璃はりも照らせば光るとまで己惚れているわけではないが、志を同じくする者同士の連帯感は、清らかな小石のひとつひとつまであざらかな水底みなぞこを覗き合った当人たちにしか分かり合えぬ、得も言えぬ喜悦でもあった。


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