第138話 送り盆にふるさと高遠の亡き兄を偲ぶ



 7月13日未の刻。

 涼馬と清磨夫妻は上屋敷の家老室に呼ばれた。


 自身で仲人を務めた奇妙な夫婦を前に「で、どうじゃな? 新婚生活は」七三郎が訊くと「おかげさまで至福にござります」ぬけぬけとした答えが同時に返って来た。


「それは何よりじゃ。ところで本日は送り盆であるな。故郷では白樺の皮を焚いて、盂蘭盆会うらぼんえのうち此岸に里帰りしておられた祖霊をつつがなくお送りするのであろう」


 幼少のみぎり、伯父・縫殿助の養子になって以来の長い江戸屋敷住まいで、七三郎は国もとの高遠へ足を踏み入れた経験がただの一度もないと先日も述懐されていた。

 それだけに、人伝ひとづてに聞く奥ゆかしい伝統行事への憧れがいっそうであるらしい。


「さようにござります。ご先祖さま、この煙に乗って、無事にお帰りくださりませとお唱えいたします」「来年のお盆にはまた、胡瓜や茄子の馬に乗って、懐かしいわが家へお帰りくださりませと」涼馬と清麿が双生児のごとく誇らしげな声を揃えると、

「おお、これは夫唱婦随を絵に描いたような……。まことに睦まじい仕儀であるな」

 七三郎は膝を打って喜んでくれた。


 清麿は首のうしろに手をやって照れている。

 なれども、涼馬はひとり、笑いの外にいた。


 ――母上の許に還って来られた兄上の魂も、今宵、天上へ帰って行かれるのだな。


 手をつないだ恋人同士が空に昇る様相を想った瞬間、喉の奥がくっと鳴った。

 同時に、いく筋もの熱い滴が、つつーっと涼馬のなめらかな頬を伝い落ちる。


 派手な着流しで艶めかした清麿が、本物の新妻のごとく、嗚咽する夫を気遣うと、

「これはいかぬ、花婿殿を泣かせてしもうた。涼馬、許せ。他意はなかったのじゃ」

 七三郎も慌てて涼馬を宥めにかかった。


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