第135話 まずはひと晩、試しの閨を共にすることに



 廊下に人気がないときを見計らった涼馬は、着流しの清麿を目顔で促した。


 秘密裏に最奥の部屋に待っていた七三郎は、じろっと鋭い目付きで清麿を睨むと、開口一番に大音声を発した。「涼馬を付けまわす不逞な輩は、そなたであるか!」


 威風に薙ぎ倒された清麿は、初めて見るほど平べったく平伏して畏れ入った。

 片や、背筋を伸ばした七三郎は、朗々とした口調で、いきなり清麿に問うた。


「そなた、涼馬とねやを共にできるか」

「むろんのこと、さように望んでおります」

「じゃがな、どうしても越えてもらわねばならぬ山がある。覚悟はよいか?」


 ここぞとばかりに矢継ぎ早に畳みかけて来る七三郎に、清麿は釈然とせぬ様子で、きょろきょろ落ち着かない目を涼馬に向けたり、七三郎にもどしたりしている。


 間を置いた七三郎は、賽子さいころを転がすように、さりげなくきり出した。

「なに、大したことではない。あのな、じつはな……涼馬は、女子おなごなのじゃ」


 清麿の目が七三郎に止まる。

 耳にした事実が理解できぬ。

 瞬きもせぬ目が訴えている。


「あの……ご無礼ながら、ただいま、なんと仰せでしたでしょうか?」

 真実を知りたいような知りたくないような、複雑な心境であるらしい。


「だから、涼馬は男子にあらず、女子なりと、かように申しておる」

 清麿は怯えた目を涼馬に向け、七三郎に向け、再び涼馬に向ける。


 小刀で削いだような頬から、言葉が出て来ないもよう。

 そんな清磨に七三郎はさらに冷徹な駄目押しを試みる。


「な、だから、大した事実ではないと申したであろう。ま、あれじゃわ、男であろうが女であろうが、人間に変わりはなし。見た目ではない、要はここの問題じゃわい」

 力説しながら七三郎は、単衣の襟の合わせ目をバンバン叩いてみせる。


「さようには相違ございませぬ。なれど、恥ずかしながら、江戸で絵の師匠にその道を仕こまれて以来、拙者は男一筋で参りました。女のごとき汚らわしいものはご免でござりまする」ようやく体勢を取りもどした清麿は、やおら反撃に出ようとしたが、「おお、さようか。であれば涼馬との縁は、金輪際なかったことにしてもらおうか」やさしげに見えて威厳は人一倍の七三郎ご家老に、ぴしゃりと封じこめられた。


 清麿は泣きそうになり、七三郎に取りすがらんばかりに哀願する。

「それは殺生にござります。いまの拙者は、涼馬殿なしには1日も生きられませぬ」

 

「であろうのう。ならば、どうじゃ、試しに涼馬と閨を共にしてみたら? そなたが食わずぎらいなだけで、意外に女子の涼馬とも相性が合うやも知れぬぞ。うんうん」


 果たして清麿は、ほとんど半べそ状態で首肯する。

「拙者も高遠武士の端くれにござります。そこまで仰せなら試しとうございまする」


 先刻までの凄まじい迫力を消した七三郎は、女子のようにきれいな笑顔に戻った。

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