第114話 永遠流の身に寄り添う涼馬への江島の信頼
厳粛な思いに打たれている涼馬に、絵島が先を急がせる。
「そなたが異動すればさびしくなるのう。で、今後は如何なる部署に就くのじゃ?」
涼馬は至極簡潔に答える。
「江戸屋敷にござります」
まさか江戸とは思っていなかったのだろう、絵島の動揺が廊下まで伝わって来る。
「これは拙者の独言とお聞き捨てくださりませ。じつは、江戸の御府内で隠密に偵察して参りたき儀がござります」「はて。秘密の偵察と?」絵島は得心がいかぬ様子。
「このことはあくまで拙者の勝手で行うのではござりますが、僭越ながら、絵島さまに関するご一件の、真実の一端でも探り出せれば……と、かように考えております」
絵島は黙りこみ、長く日に当てていない顔を、いよいよ青白く突っ張らせている。
――やはり、拙者の一人合点の行動がお気に召さぬのだ。
どうやら出過ぎた真似をしたようじや。
そのとき、「ふっふっふっ……」地底から湧き上がるような笑い声がひびいた。
はっと顔を上げると、絵島の頬にうっすら赤味が射している。
「涼馬殿。まことにもってかたじけない。江島、これ、このとおり、心からのお礼を申す。まさかのことに、かような時がやって参ろうとは、ついぞ考えてもみなんだ」
「まだ成就したわけではござりませぬゆえ……」涼馬は慎重に言葉を濁したが、絵島は、見捨てられた身のため尽くしてくれる者がいる事実が、何よりうれしいらしい。
「ああ、わたくしはなんと果報者であろうか。もはや、いつ死んでも悔いはないわ」
急流に磨かれた河原の石のような頬に、おびただしい水滴が伝い落ちる。
江島はそれを拭おうともせず、ただ幼子のように手放しで泣きつづけた。
「拙者なりに手を尽くし、ご疑惑の一端でも探れたらと、かように考えております」
謹んで答える涼馬もまた、共振の涙を禁じ得ぬ。
たれもいぬ館に、ふたりのすすり泣きが満ちた。
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