第110話 はいぃ?! まさかの無策でござりまするか‼‼
6月12日の未の刻。
本丸から遣いがやって来て、涼馬は縫殿助に呼ばれた。
昨日の今日ゆえ、面談の目的は、ひとつしかなかろう。
――ご家老は如何なる名案を考えついてくださったろう。
里から吹き上げる涼風に心地よく首を撫でられながら青い樹林を急ぐ。
気の早い
――あと一月足らずで
兄上と陣内殿の母上にとって新盆がやって来る。
胡瓜と茄子の馬に仲良く乗ってお還りくだされ。
*
暑さ負けしたような昨日と異り、今日の縫殿助は藍の浴衣で、端然と座していた。
文机に山積みの書類を見ていた目が、涼馬を見ると、にっと童子のごとく微笑む。
「おお、涼馬。参ったか。まあ、それへ」
座るのを見届けた縫殿助は、対面した者を虜にせぬ温顔をとろとろに崩し、
「さて、さっそくじゃがな、昨日の相談の案件だが……ひと晩じっくり考えてみたのじゃが、わしにもとんと妙案が思い浮かばなんだ。残念ながら、降参の白旗を掲げるしかないようじゃ。まことに面目ない。これ、このとおりじゃ」
あっさり兜を脱いでみせる縫殿助ご家老に、涼馬は二の句が継げぬ。
――かくまで
内心の憮然が滲み出たものか、年少の涼馬を縫殿助ご家老は上目づかいに見遣り、鬼胡桃に占領されぬほうの分厚い掌で、横皺の目立つ額をピタピタと叩いている。
「いや、まことにもって恐縮の至り。いささか言い訳めくが、領内の仕置きならば、それなりの自信も経験もあるのじゃが、そっちの道となると……とんと疎くてなあ。正直、わしには男が男を恋い慕うという心情が、ハナから理解できぬのじゃ。相手が女子ならば、如何に無粋なわしとて、多少の覚え、無きにしも非ず、なのじゃがな」
何やら意味ありげに頬を染めるご家老をいささか疎ましく思いながら、
「いえ。ご多忙中、私事でご面倒をおかけいたしました。何卒ご寛恕くださりませ」
一向に釈然とせぬ涼馬だが、かたちだけは謝らざるを得なかった。
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