第108話 清麿との一件を縫殿助ご家老に相談することに



 6月11日の申の刻。

 新田伊織棟梁の許可を仰いだ涼馬は、家老の星野縫殿助に会いに本丸へ出かけた。


 ――もはや、二進にっち三進さっちもゆかぬ。


 ぴたりと風が凪いだ樹林の小道を行く涼馬は、昨夜からの呻吟を繰り返していた。


 清麿に素性を知られるのは時間の問題だ。

 そのとき、如何なる大騒動が発生するか。

 一番の心配は、何と言っても彌栄だった。


 ――兄上の一件はとうに忘れた、という風を装っておられても、拙者には分かる。


 母上の奥深くでは、あのとき負った深手から、いまも生々しい血が流出している。

 ぱっくり開いたむごたらしい傷跡が癒え、瘡蓋かさぶたができる気配すらうかがえない。


 なのに、拙者がまた気鬱の種を……。

 思うだに、どどっと脂汗が噴き出る。


 身を挺して母上を守らねばならぬ拙者が、不孝の元凶になるなど絶対に許されぬ。

 一晩じっくり考え、相談できる相手はやはりご家老さましかいないと思い決めた。


 清麿との経緯を知ったご家老は、どれほど驚愕されるだろうか。

 よりにもよって男が好きな男に、男として見初められるとは、「そなたに隙があるからじゃ。どうせチャラチャラしておったのじゃろうて」思いっきり痛罵される。


 あるいは「兄が兄なら妹も……。そろって星野一族の面汚しじゃ」と非難され、「もはや星野の縁戚にあらず。以後、出入りを禁ず」けんもほろろに追い出される。


 ――いずれにしても、間違っても褒めてはいただけぬ状況ではある。


 千々に思い乱れながら本丸に着いた。

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