第106話 待ち伏せの清麿に白樺林に引っ張りこまれる
ほとんど一睡もできなかった夜勤明け。
煌びやかな朝日に押されるようにして城下を降りて行った涼馬は、郷士屋敷通りの塀から出て来た清麿につかまった。あまりにとつぜんなので、避けるいとまもない。
「涼馬殿。近頃すっかり見限りかと思うておったら、夜勤だったそうじゃな。どおりで姿を見かけなかったわけじゃ。なのに、拙者は振られたかと気を揉んでおったぞ」
寝足りた朝の気を勢いよく吐きながら、清麿は涼馬の腕をわしづかみにする。
今朝こそ離してなるものかと、指の一本一本に凄まじい気負いが籠もっている。
「き、清麿殿……宮仕えは思うに任せず、無沙汰申し上げて、失礼いたしました」
しどろもどろに答えながら、涼馬の腰は大きく退けている。
なれど、清麿は指の力を弛めようとはせぬ。
撫で肩の見た目より、相当な力持ちらしい。
「会いたかったぞ、涼馬殿。会いたくて会いたくて堪らなかったぞ」
清麿は白樺の樹林の木蔭に涼馬を引っ張りこんだ。
背中にまわされた手が、冬場の懐炉のように熱い。
だが、つぎの瞬間、清麿は吸いかけた唇を離した。
「臭い。臭うござるぞ、涼馬殿。何やらそなたの身体の奥から、臓の腑の匂いが突き上げて来るような……。いや、申し訳ないが、拙者は悪臭が何より苦手な質でな」
あっけらかんと告げる清麿の身勝手に呆れながら、涼馬は腹のなかで思った。
――これを機に嫌いになってくだされ。
そのほうが、こちらも好都合じゃ。
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