第101話 共に暮らす小動物を所望する江島の孤独



「畏まりました。なれど、日にち薬とでも申しましょうか、一時の衝撃から立ち直りましてみんなが息災にしておりますゆえ、その件は、どうかご放念くださりませ」

 少しでも呪縛を解いて差し上げたい、その思いの丈を、涼馬は一言一言に込める。


「さようか。やはり当時は相当な打撃であられたのじゃな。本当に申し訳が立たぬ」

 しばらく悄然と黙していた絵島は、うつむいたままで喉に絡んだ声を絞り出した。

「せめて犬か猫が、いや、小鳥でも金魚でも、小さな命がそばにいてくれたら……」


 涼馬は、はっと胸を突かれた。


 ――何も不自由はありませぬ。内藤家のご采配に、心から感謝いたしております。


 折々に口にされていた絵島さまが、心の底では小動物を希求しておられたとは!


 ――人間ではない、物言わぬ動物の友垣が欲しい。


 絵島のかつえが涼馬には痛いほど理解できる。


 ――全幅の信頼を寄せる純な目を、トクトクと打つ心の臓の鼓動を、心身を安らかにしてくれる温かな体温を、絵島さまは、絶叫するがごとくに求めていらっしゃる。


 富も名誉もすべて奪われた囚われ人の暮らしで、これこそが最大の罰やも知れぬ。


「いまさら申しても詮無い話じゃが、大奥ではな、犬も猫も、文鳥も九官鳥も、金魚も亀もおって、みなで賑やかに暮らしておった。ひとたびお仕えしたら最後、勝手に離れる不覊ふきは絶対に認められぬ。大奥の女たちはみな生涯が籠の鳥の境遇ではあったが、家族も同然の動物がそばにいてくれる限り、さほどさびしゅうはなかった」


 訥々とつとつとした語りに首肯しつつも、一方で涼馬はある懸念にとらわれていた。

 先刻、新田棟梁に届け出た、賊の装束の切れ端の文字が気に懸ってならぬ。


 ――高貴な女人見たさの俗な輩の侵入とは思えぬ。


 明らかに玄人が明確な目的を持って、絵島さまのお命を狙おうと侵入したのだ。

 しのびを差し向けたのは、どこのたれなるか……。


 気づけば、早起き鳥が刻を告げていた。

 絵島もようやく落ち着いて来たようだ。


「では、ごゆるりとお休みなさいませ」

 一礼した涼馬は、静かに障子を閉めた。

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