第99話 侵入した賊と対峙した新田棟梁の腕前



 異界への誘惑に打ち勝ちながら、如何ほどの刻が過ぎたであろうか。

 とつぜん「バン、バン、バンッ!」という激しい爆音が響き渡った。


 思索から覚めた涼馬は、驚愕して戸外へ飛び出た。

 見やると、門の外で明々と火の手が上がっている。


 駆けつけた同朋らとともに、必死で消火に務める。

 庭箒や熊手を総動員し、羽織を脱いで火勢を叩く。


 ようやく鎮まりかけたとき、今度は館内から「ヒーッ!」鋭い悲鳴が聞こえた。

 慌ててもどると、南の縁側から押し入った賊に新田棟梁が一人で対峙している。


 殺気を漲らせた新田伊織は、ふわり、武者矢来の板塀の高さまで舞い上がる。

 そのまま一気に舞い降りると、夜目にも光る白刃で、大胆に賊に斬り付ける。


 ――ギエェーイッ! トウ―ッ! 


 凄まじい気合いが闇夜をつんざく。


 ――ングフッ、ワグッ、グフッ! 


 老いぼれ蛙の如き悲鳴をあげ逃げ去った賊の装束を、涼馬の目は、一瞬、捉えた。


「お頭、お見事! 拙者、久しぶりに胸が空き申した」

「さすがは高遠一の、塚原卜伝流剣士であられまする」


 駆け付けた花畑衆に賞賛され、新田伊織は照れくさげに頭を掻きながら、

「いや、なに、そなたたちが外へ行っている間に、拙者がちと、ムニャムニャ……」


 涼馬はひとり呆気に取られていた。


 ――なに、高遠一の塚原卜伝流剣士? 


 知らなんだ、だれも教えてくれなんだ。

 だが、考えてみれば、ただのオッサンが、花畑衆の棟梁に抜擢される訳がない。

 涼馬はおのれの迂闊うかつを恥じた。


 静けさがもどった絵島囲み屋敷の上に、満月が煌々と光っている。

 その明かりで、地面に落ちている微かな異物を、涼馬は発見した。


 柿色の布の切れ端が2枚。

 1枚には「女」。

 もう1枚には「口」。

 それぞれ白抜きされていた。


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