第82話 反りの合わなさそうな飯島大膳副棟梁
5月2日の辰の刻。
涼馬は勇んで絵島囲み屋敷へ出仕した。
今日は棟梁の新田伊織は不在で、代わって補佐の侍が花畑衆を取り仕切っている。
「飯島大膳と申す。昨日は野暮用で出払っており、失礼いたした。拙者は頭の女房役を仰せつかっているゆえ、不明な点など、遠慮のう尋ねられよ」男としては高い声で告げた副棟梁は、太くて黒い剛毛を、ひと筋の乱れもない銀杏髷に結い上げている。
ひょろっと長い脚を包む袴には、てかてか光るほど
指で押したような鼻の下に髭剃りの傷跡が、色褪せた
棟梁の新田伊織とは逆に、窮屈な印象を与えかねないほど几帳面な性格と見える。
一瞬で人柄を観察した涼馬は、やや緊張気味に丁重な挨拶を返す。
「星野涼馬にござります。未熟者にて、何卒よろしくご指導をお願い申し上げます」
大膳は
――なかなか、面倒そうな……。
おのれの世界を支配する法則を他者にも求めずにいられぬ、偏狭な質やも知れぬ。
上手く懐に飛びこめればよいが、うっかり仕損じると徹底して嫌われそうな……。
極めて豪胆そうな武士が、意外にも蚤の心臓の持ち主だったり、女子のように華奢な身体つきの侍が思いがけぬ剛毅ぶりを発揮したり、かと思えば、その逆もまた大いにあり得るわけで……ひと筋縄ではゆかぬ人間模様の綾を、これまでの武芸の稽古場や弓衆の詰所で、涼馬はつぶさに見て来ている。
――おのれの行動の正当付けのためには、矛盾でも
無闇に世間擦れする必要はないが、心身に記憶された経験則は大切にしたい。
残念ながら、人間が寄り集えば、多かれ少なかれ諍いが起きる。
であるならば、無用な
――なにゆえに極限の対立まで持って行こうとするのか。
僭越ながら、自分ならさような愚策は採らぬ。卜伝流剣術の葉山岳遼師範がご伝授くださったように、戦わずして勝つ、無手勝流の妙法こそ真の賢者の兵法であろう。
ゆえに、初見の人物に会うと、さまざまな角度から観察するのが癖になっている。
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