第81話 花畑衆との対面をうかがう江島の気配



 新田伊織は、何も考えていなさそうな毛蟹顔を、にやりとほぐした。

「まま、堅苦しい挨拶はその辺でよかろう。早速じゃが、みなに紹介しよう」


 10畳ほどの部屋に詰めていた数人の侍が、興味津津の目で涼馬を凝視している。

 余りに手狭なので、玄関や廊下の話し声が筒抜けに聞こえていたものと思われる。


 恥ずかしくなった涼馬は、だれにともなく頭を下げた。

 だが、新田伊織は細かい事柄には頓着せぬ性質らしい。

 矢継ぎ早やに花畑衆の面々を紹介してくれ始める。


「ええっと、一番右におるのが足軽のだれそれじゃ。それ、そなたも存じておろう、ご中老の又従弟に当たられる槍衆の何某なにがしな、その甥の従弟……なのじゃわ。その右は寄合のだれそれで、勘定方のだれそれの親戚筋のそのまた縁戚……だったかな?」


 かような調子なので、涼馬は理解の努力を放棄し、ひたすら首肯するに留めた。

 汗をかきかき、取り留めのない説明を終えると、新田伊織はさらに付け加える。


「総員10名が昼夜交替でお屋敷を警護しておる。そなたには当面、昼の部の勤務に加わってもらう。なに、さほど難しく考えずともよい。身を挺して絵島さまをお守りする。われらの任務は、一にそれだけじゃ」


「相承知、仕りました」

 頭を下げる涼馬は、知らず知らずのうちに植え付けられていた先入観に気づいた。


 まずは、初見の涼馬の目には、あれほど頼りなく映じた新田伊織が、いずれ劣らぬ強者ぞろいと見える花畑衆に一目も二目も置かれ、尊敬すらされているという事実。


 そして、卑猥な連想を呼ぶうわさとは裏腹に、花畑衆が挙って絵島本人を敬愛し、ただ単に任務ゆえというだけでなく、身を以って守り抜く気概に溢れている事実。


 現場で初めて肌で感じる真実の重みに、涼馬は圧倒されていた。

 ふっと、障子の向こうに息を詰めていそうな人の気配が匂った。


 ――絵島さまが新入り警護を観察なさっているにちがいない。


 そう察すると、にわかに緊張する。

 相手は罪人なのに、こちらが御白洲おしらすにいるような気がして来る。


 何かお声でもと期待したが、気配は無言。

 新田伊織も花畑衆も、凝然と黙している。

 気詰まりを感じて、戸外に目を泳がせた。


 やや……視界には一木一草とて見当たらぬ。

 武者矢来の板塀の焦げ茶と、乾ききった地面の薄茶、暗灰色のみが広がっている。

 唯一の彩りの青空すら、嵌め殺しの格子越しに眺める仕組みになっているらしい。


 ――目の楽しみまで奪おうとは、あまりに酷い……。


 不条理を目の当たりにした全身に、やり場のない怒りが膨満してゆく。

 戸外には爽やかな6月の陽光が満ち、鳥が朗らかに鳴き交わしている。

 すぐ隣にある何気ない日常がかほどに残酷な役割を演じようとは……。


 涼馬は内心を悟られぬよう、詰所の花畑衆からさりげなく顔をそむけた。

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