第73話 涼馬、江島囲み屋敷を守る花畑衆に推挙さるる
4月10日の巳の刻。
弓衆の稽古場にいた涼馬に、縫殿助ご家老からお呼びがかかった。
――先日の今日とは頻繁な……。
如何なる御用向きであろう。
縫殿助は垂れ下がらんばかりの福耳を引っ張りながら、単刀直入に訊ねて来る。
「涼馬。そなた、部署替えの希望はないか」
と言われても、つい先日、弓衆を拝命したばかりである。
「あの……拙者、何か粗相でも仕出かしましたでしょうか」
縫殿助は熟れた西瓜のごとくに呵呵大笑した。
「ははは。よほどの心当たりがあると見えるな」
涼馬はむっとしたが、縫殿助は意にも介さぬ。
「いや、冗談じゃよ、冗談。あのな、人一倍、血気盛んなそなたに、いまの部署は、いささか平穏に過ぎようかと、かように思うてな。いわば親心のようなものじゃわ」
「とんでもござりませぬ。拙者には分に過ぎたお務めと感謝こそすれ、不満になど思うた事実は一度もござりませぬ。それに、並外れて血気盛んと申されましても……」
みなまで言わせず、縫殿助ご家老は団扇のような掌をゆるゆると振りながら、
「よいよい、すべて承知じゃ。如何様に取り繕うても、この爺の目は誤魔化せぬわ。でな、ものは相談じゃが、そなた、江島さまの花畑衆として仕える気はないか」
――何と?! 兄が無惨な客死を遂げたあの館に、妹の拙者も勤務せよ、と?
のけぞるほど驚愕した涼馬の眼差しは、おそらく難詰の光を宿していたろう。
「わしも星野の縁戚じゃ。そなたの心情はよく理解しておるつもりじゃ。だが、それはそれとして、仕置きの人事はあくまでも客観的公平に行わねばならぬ。そなたこそ花畑衆に適任であると、実はな、殿さまにもすでにご推挙申し上げてあるのじゃわ」
城内の人事を握る縫殿助の実力を見せつけられた思いで、涼馬は押し黙った。
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