第63話 若き殿さまの孤独と「まことの友垣」
静かに聞いていた伊賀守は、思いがけず動的な喜色を、雅な瓜実顔いっぱいに表わされたので、わが殿さまにも、かような一面がおありになったのかと涼馬は驚いた。
「実はな、余も小さい頃には、似たような夢を見たのじゃ。もっとも、余の場合は、襟首を掴まれそうな間近まで追いかけて来るのは、ひとつ目の破れ傘とか、
ひと息に語った伊賀守は、瞬時、
「そなたにだけ打ち明けるが、実はな、余がお化けの夢を見るのは、子どものころだけに限っての話ではないのじゃ。恥ずかしながら、いまも……なのじゃよ」
いたずらっぽい双眸を、生き生きと瞬かせておられる。
殿さまはかようなお話が大のお好きと、涼馬は確信した。
「本当にござりますか?! 実は拙者も、なのでござります。疲れた日などことさらに追いかけて来る妖怪が恐ろしゅうてならず、危うく寝小便を漏らしそうになったりいたすほどにござります。かような無様、いままでどなたにも話せずにおりました」
打てば響くが如き涼馬の返答に、伊賀守の喜悦は頂点に達したもよう。('◇')ゞ
「そなたは、女子のごとく楚々とした見かけとは異なり、剣、槍、弓、柔術のことごとくに卓抜な才を発揮する、わが藩の猛者中の猛者と聞く。さようなそなたにして、余と同じなのか。寝小便まで漏らすとは、いやはや、まことにもって痛快の至りぞ」
のけぞって笑っていた伊賀守は、ふと真顔になった。
「じゃがな、涼馬。大人になっても怖いものは怖いわい。な、そうであろう。それにしても、武士なのに弱虫な輩は余ばかりではないと知り、心底、安心いたしたわい」
楽しげに額を寄せ合う6歳違いの主従の間に、親友同士の如き親密な気が流れる。
ひとしきり満足げに首肯した伊賀守は、怯えた仔鹿の如き大きな目を赤く潤ませ、今度は涼馬の心の深部に語りかけて来た。
「あのな、涼馬。余は生まれてこの方、かように腹を割って物語りできる相手をただのひとりも持たず、ここまで参ったのじゃ。なあ、涼馬。まことの友垣とはかような間柄を申すのであろう。爺の采配のおかげで、思いがけず、そなたという友を得た。余は至福者なるぞ」
「まことにもったいなきお言葉、深くいたみ入りまする。拙者こそ殿の貴重なお時間を賜りまして、恐縮至極に存じます」
顔が映るほどピカピカに磨き込まれた床に平伏した涼馬は、拭き掃除の
――拙者の伺候によりこの儚げな殿の御心が少しでも安らかに鎮まるのであれば、気ぶっせいな陣内琢磨殿や、弓衆の先輩方の顔色など、大した問題ではないわ。
心静かに自分自身に言い聞かせた。
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