第59話 亡き兄の朋輩・陣内琢磨と再会するも……



 風邪で微熱がおありになるゆえと、縫殿助に促された伊賀守が渋々退出する。

 いかにも力のなさそうな薄い背中が奥の部屋に消えるのを見届けた縫殿助は、


 ――たれぞ、おる?!


 身内には決して聞かせぬ朗々たる一喝を発した。

 間髪を入れず現われた武張った侍に、涼馬は息を呑んだ。


 ――じ、陣内さま!!


 太い針金でも入れたが如きえらの張った四角四面の顔は、間違いなく兄の朋輩である陣内琢磨だった。


 ――いつの間に近習に? 


 花畑衆の任は解かれたのか? 

 だとすれば、いつ、何故に?


 瞬時にいくつもの疑問が湧き上がったが、辛うじて平静を保つことに成功した。


 片や、陣内は……。

 いつぞや通りで見かけた若武者と悟ったようだが、こちらも素知らぬ顔でいる。


 縫殿助は陣内におごそかに命じた。

「これなる星野涼馬を、三之丸の弓衆部屋に案内せよ」

 亡き徹之助の親友だった事実を知悉ちしつのはずだが、ご家老はおくびにも出されぬ。

 三者三様の思惑を抱えた場面を、はるかに見晴るかす赤石山脈が見守っている。


      *


 本丸から三之丸へは、二之丸を通り、朱の太鼓橋が架かる空堀を渡らねばならぬ。


 江戸幕府からの預かり罪人を閉じこめる、絵島囲み屋敷に直結する丸い橋は、涼馬に、兄の死の阿鼻叫喚図を思い起こさせた。思えば、たった3か月前の事件だった。


 前を行く陣内は鬼胡桃の如く黙りこくり、広い背中を物のように移動させていた。

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