第54話 待ち伏せしていた清磨の情にほだされ……



 帰路、茶店の角を曲がった涼馬は、ぎょっとして足を止めた。

 すぐ目の前で遠慮がちに微笑んでいるのは絵師の清麿だった。


 渋い着流しに桜花模様の羽織。

 伊達の薄着が憎らしいほど似合っている。


 「いやはや、拙者の勘も、これで満更でもない事実が証明されたわけじゃ。今夕、この辺りに立っておれば、そなたに再会できそうな気がな、何となくしたのじゃよ」

 日差しもないのに妙に目を細めながら、清麿は涼馬に話しかけて来る。


 先日のように押しの一手で来られては……と、涼馬は早くも逃げ腰になる。

 なれど、今日の清麿は明らかに様子が異なり、半間以内に近寄ろうとせぬ。


「そなたとはおかしな関係になりたくないのじゃ。先日の行き過ぎは大いに反省しておる。無理強いは慎むゆえ、せめて名だけでも教えてくれぬか。な、このとおり」


 逸る己を懸命に律し、殊勝気に頼む。

 涼馬も無下には拒否できなくなった。


「……拙者は、涼馬と申す」

 ぼっそり答えると、果たして清麿は欣喜雀躍した。


「涼馬殿か。おお、なんとも良き名じゃ、ほっそりしたそなたにぴったりの……」

 気をよくした清磨はさらに畳みこんで来る。

「して、うじは?」


 出自が「星野」とは口が裂けても言えぬ。

 つくねんと押し黙っていると、清麿は可笑しいほど慌てた。


「よいよい。涼馬殿だけで十分じゃ。おかげで拙者、今日はまこと良き日であった。同じ城下ゆえ、また、お目に掛かる機会もあろう。それまで、どうかお達者でな」


 それだけ言い置くと、清麿はさっときびすを返した。

 熱い手で肩にも触れられず、甘酸っぱい体臭を嗅ぐ暇もなかった。

 ありがたいはずの、その事実は、思いがけず涼馬を淋しがらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る