第53話 急所の釣鐘が拙者にはない……さてどうしよう


 

 図星を突かれた涼馬は赤くなった。


「まあ、よいわ。人間、若い内はさようなものよ。慢心即ち若者と言い換えてもいいくらいじゃ。で、先刻の質問じゃが、人体の急所とはな、たとえばここがそうじゃ」


 言いながら師は、唐黍とうきびの毛の如き縮れた数本がへばりつく頭頂部を、ぴたぴた叩いて見せる。


天倒てんとうと申してな、生き物としての人間の最大の急所じゃ。それから、ここにもある」


 達心師は、今度はおのれの眉間に太い指をやる。

 寄り目になったのが可笑しいが、当人は意に介さぬ。


うとと申して、至って危険な個所じゃ。ついでに、ここもそうじゃ。かすみじゃ」


 両手の人指し指で顳顬こめかみを押したついでに心地よさげに揉んでいる。


 顔ではほかに人中じんちゅう(鼻下)がそれで、下がれば水月すいげつ鳩尾みぞおち)、明星みょうじょう(下腹部)、月影げつえい左脾腹ひばら)、電光でんこう(右脾腹)なども急所だという。


「金的と呼ばれる釣鐘つりがね(睾丸)は、敢えて申すまでもないじゃろう」

 こともなげな達心師の付け足しが、にえわかに涼馬に落ち着きをなくさせた。


 ――拙者に、さようなものは……。(*´з`)


 試合中に女子である事実が露見しはすまいか。

 今まで学んで来た3つの武芸はことごとく単独技だが、柔術には必ず相手がいる。


 ――組み合ったとき、胸が肌蹴はだけたりしたら如何いたそうか。


 あれこれ思い惑えばきりがない。

 とにもかくにも、かような事態に至ったからには、当たって砕けるしかないのだ。


 覚悟を決めた涼馬は、茫洋として掴みどころがない達心師に願い出る。

「拙者、とことん柔術を極めたく存じます。厳しくお導きくださりませ」

「さようか。では、早速、稽古開始と参ろうか」 達心師は飄々と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る