第52話 たった3つしかない技……簡素ゆえの至高

 


 自己嫌悪と闘う涼馬を恬淡と見ていた達心師は、芋虫の如き唇をおもむろに開く。


「涼馬とやら。これが柔術じゃよ。剣、槍、弓等の武具類はいっさい遣わぬ。そなたの身体一本で勝負するのじゃ。ゆえに至って易いぞ。じゃが、至って難くもあるぞ」


「まことにお見事な! しかと拝見仕りました」

 涼馬は率直な感激を、思ったままを口にする。


 見かけどおり、達心師は豪放磊落な質らしい。

 鼯鼠むささびのごとく、ぐふふふと豪快に笑いながら、どこかつかみどころのない口調で、あっさりと太鼓判を押してくれた。


「なに、大丈夫じゃ。そなたなら意外に早く熟達するやも知れぬ。心配は要らぬわ」


 ――は? 会ったばかりの拙者の何を根拠に? 

   もしや、安請け合いの癖がおありのご仁か。


 一瞬、訝しみかけたが、先刻握られた手首の痛さが、浅慮な反発を諫めてくれた。


 達心師は涼馬の内心には踏み入らず、さっそく柔術の基本から説明してくれた。


「技は3つ。すなわちなげ技、かため技、当身あてみ技じゃ。どうじゃ、簡素この上ないであろう」

「はい。まことに」


 涼馬は素直にうなずいたが、内心では用心深く予防線を張っている。


 ――簡素を舐めてはいかぬ。

   誤魔化しの利かぬ簡素ほど至難はないと心得えねば……。


 案の定、個々の技の説明を始めた達心師は、要点要点で、びしっと詰めて来る。


「まず、投技。言わずとも分かるな。組んだ相手を仰向けに投げる。それだけじゃ」

「さようでござりますか」ほかに答えようがない。


「つぎに固技。いわゆる寝技じゃな。肩固かたがため袈裟固けさがためなど7本の折込技、逆十字絞ぎゃくじゅうじじめ裸絞はだかじめ片羽絞かたはじめなど12本の絞技、腕挫脚固定うでひしぎあしがため、腕挫腹固定、腕挫膝固定など10本の関節技とで成り立っておる」


 こうなると、もはや涼馬には訳が分からず、「はあ」としか言えぬ。

 涼馬の当惑には委細かまわず、達心師は大雑把に解説を進めてゆく。


「最後は当身技じゃ。これは、なかなか面白いぞ。相手の急所を、突いたり打ったり蹴ったりする攻撃法じゃ。実生活でも役立つゆえ、覚えておいて損はあるまい」


 さっさと打ちきろうとする達心師に、涼馬は必死で食い下がった。

「お待ちくださりませ。せっかくの御教えですが、拙者にはほとんど珍紛漢紛でござります。わけても最後に仰せの急所とは、人体の何処を指すのでござりましょうか」


 達心師は贅肉なのか筋肉なのか判別がつかぬ、嵩のある丸顔をはじけさせた。


「ぐっふっふっふっ。若武者よ。そなた、自分には急所などひとつもないと、かように思うておるのじゃろう。ところがどっこい、如何なる人間にも、ここを狙われたら絶体絶命という箇所がある。それも、何か所もな」

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