第51話 最後に関口流柔術・宗田達心師に入門する


 

 2月18日辰の刻。

 出雲幽界師の紹介状を携えた涼馬は、関口流柔術の宗田達心師に弟子入りした。


 達心師は、可笑しみのある鯰髭なまずひげの老人だった。

 ずんぐりむっくりではないが、身体中、ぎっしぎしに実がっている。


 大地から生え出た1本の大木に、手足の丸太ん棒を付けました。

 押しても退いてもびくとも動きませぬ……さような印象である。


 「かっかっかっ。出雲幽界のやつ、さような世辞を言いおったか。はて、珍しや。ひょうでも降らねばいいが」


 釣られて見上げた空は暗く曇り、本当に大粒の氷塊が降って来そうな気配である。


 城下の町屋の中程、低い家並みに埋もれた稽古場は、屋根や板壁など随所に傷みが目立っている。世間知らずの涼馬の目にも相当な築年数を刻んだように映っている。


 ――かように貧相な稽古場のかような師範……果たして如何なものであろう。


 思わず知らず、涼馬は目の前を軽んじた。

 達心師はのんしゃらんと突っ立っている。


 ――あっ、つっ!! 


 とつぜん手首に激痛が走る。

 意味が、まったくわからぬ。


 事も無げな達心師の黒豆のごとき双眸がふと和む。


 ――ひゃあっ! 


 先刻よりさらに鋭い痛みが、涼馬の全身を貫いた。


 少しでも痛みを紛らわせるため、せめて子どものように足踏みでもしたいが、軽く手首を抑えられただけで、巨大な巌にのしかかられたごとく、じりとも動けぬ。


 黒豆が揺らいだ瞬間、とつぜん、痛みから解放された。反動で地面に叩きつけられそうになった涼馬は、辛うじて体勢を持ち直しつつ、先刻の侮蔑を心から恥じた。


 ――形あるものしか見えぬとは、おのれの未熟、これに極まれり。

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