第49話 弓術もまた強固な体幹こそがモノを言うのだ

 

 

 兄弟子たちが来る前にと言って、幽界師は弓術の基本を懇切に伝授してくれた。


 まず弓を左手、矢を右手に持つ「執り弓」の姿勢で射位に入る。

 左足を前に、右足を後にした「足踏み」を行う。


 1足か2足開きで構え、上体を安定させる「銅造り」のあと「弓構ゆがまえ」に入る。

 ゆがけ(手覆い)を使って弦と矢を保持する「取懸とりかけ」を行ったあと、弓を保持する左手の「手の内」を整える。


 しかるのちに、弓矢を持った両拳を上に持ち上げる「打起うちおこし」、次いで、弓を押し、弦を引き、両拳を左右に開きながら引き下ろす「引分ひきわけ」に入る。


 つぎに「かい」へと進む。

 右頬に矢を「頬付け」し、小鼻の下から上下唇間の「口割り」の高さ以内に収める状態でぴたっと静止する状況は、射手にとって、もっとも緊張を強いられる瞬間だ。


 いましも放たれんとする矢を抑え、呼吸が整ったところで「離れ」に入る。

 射た矢が侵入した的の位置を見極めたあと、「残心ざんしん」で3呼吸ほどの余韻を保持する。


      *


 見様見真似でひととおり試してみた涼馬は、弓術が見た目よりはるかに危険な武芸である事実に気づいていた。


 鋭い矢が一直線に宙を飛ぶ。

 剣や槍とは比較にならぬ殺傷力もさることながら、「頬付け」や「口割り」の微妙な差異により、頬や左手の内側など、射手自身の身体を傷つける事態も生じかねぬ。

 いままで遠目に見て来た熟練者の優雅な技に眩惑され、ゆめゆめ侮ってはならぬ。

 

 ただひとつ、新参の涼馬にも実感として理解できる事実があった。


 ――弓術においても、やはり強靭な体幹こそがモノを言うのだ。


 目の前の幽界師の体幹は、鋼製はがねせいかと思うほど揺るぎがない。

 体幹にいささか自信のある涼馬は、憧れと驚異の目を見張った。

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