第48話 日置流弓術師範・出雲幽界の道場にて

 


 2月7日(陽暦3月15日)辰の刻。

 羽衣師の紹介状を携えた涼馬は日置流へきりゅう弓術の師範、出雲幽界いずもゆうかいの稽古場を訪ねた。


 幽界師の稽古場は、徹之助が眠る蓮華寺から、さらに人里離れた山中にあった。

 剣術や槍術と異なり弓は飛距離があるので、稽古場の趣も異なっているようだ。

 弓を射掛ける射位の彼方に安土があり、蛇の目の如き的が6個据えられている。


 星野家は代々の弓衆ではあったが、女だった涼馬自身に、弓を射た経験はない。

 あのような遠距離の的に矢を命中させられるのか、にわかに不安になって来る。


 幽界師は白髪白髭の仙人の如き老人だった。

 といっても矍鑠かくしゃくの言辞はふさわしくない。

 鍛練の結果と、いまも鍛練が継続している。

 その事実を、隙のない痩身が物語っていた。


「羽衣師範からご紹介を賜りました、星野涼馬にござります」

 紹介状を出した涼馬に、幽界師は意外に高い音声を発した。


「来たれよ。まず、ここへ」

 しごく簡潔に述べると、涼馬を射位に手招きする。

 近づいた涼馬は、師の目顔を受け、腰の物を外す。


「弓術が他武芸と異なる点は何か」

 いきなり核心を突く質問である。


 懸命に3つの武芸の様を写象した涼馬は、思い浮かんだ事実を率直に口にする。

「はい。敵のすがたが、1点に留まるか、あるいは転ずるか……にござるかと」


 果たして幽界師は外連味けれんみのない声を発した。

「して、戦乱から100年を経た泰平のいま、弓術のあるべき形たるや、如何に?」


 これまた、新人にとっては難問中の難問である。

 涼馬は意識を集中し、自分なりの理論を構築する。

「畏れながら申し上げます。古来の伝統を受け継ぐ、いつ再来するやも知れぬ戦乱の世に備える、永久とこしえに変わらぬ武士としての心身の鍛錬……以上3点かと存じます」


 幽界師は、奥二重の窪んだ目の底から、ぎろっと涼馬を見た。


 ――しまった、軽々な物言いに過ぎたやも知れぬ。


 剣術や槍術と同様、わが武芸こそ鑑と誇っておられる師の怒りを買ったのでは? 

 怒声を覚悟して涼馬が首を竦めかけたとき、幽界師は豪快な笑いを転がしていた。


「はっはっはっ。弓術は、現今の状況下ではほとんど役に立たぬ古寂びた武芸であると、苦労しつつ遠まわしに言いおったな。なかなかの正直者と見た。気に入ったぞ」

 涼馬は三度みたび、師に恵まれたわが身に感謝した。

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