第47話 蜻蛉切の本多平八郎を熱く物語る真壁羽衣師
2月6日(陽暦3月14日)酉の刻。
兄弟子たちの退出後に残された涼馬は、真壁羽衣師から免許皆伝を申し渡された。
「拙者の教えはこれまでじゃ。以後は自身で精励せよ。風傳流槍術の名乗りも許す」
「は……まことにありがたき幸せにござります」
板の間に平伏しながら、涼馬は慎んで拝受した。
羽衣師は蟹顔をニカッと横に広げて涼馬に物語する。
「ところで、そなた、本多平八郎の名を知っておるか」
「たしか東照大権現さまの右腕と言われた、稀代の槍遣いではなかったでしょうか」
「さようとも。いまを去る100年前に忽然と現われた、古今無双を謳われる傑物中の傑物の槍遣いじゃ。ご愛用の槍は通称・
「いかにもよくにも斬れそうな名称でござりますね」
打てば響く涼馬に、羽衣師はますます相好を崩し、
「平八郎さまの体格は大柄なほうではなかったが、通常の槍の柄は1丈半のところ、蜻蛉切は2丈余もあったそうな。そのとてつもない長槍で文字通り八面六臂の働きをなされ、ご生涯において57回の合戦で、ただの一度も掠り傷すら負われなんだ」
「本当にござりますか! 槍は強力な武具なのでござりますね」
涼馬が思わず驚嘆の声を上げると、羽衣師は得たりとばかりに、にやっと笑った。
「さようとも。もっとも自ら槍で戦ったというより、指揮を執られたのではあるが。まあ、ともかく、大勢の配下の信頼は巌のごとく厚かったようで、平八郎さまのもとで戦うのは、背中に盾を背負っているようなものと、かように称えられたそうじゃ」
まるでわが先祖を誇るような羽衣師の口ぶりに、「本多平八郎さまは、ご当代一流の槍遣いであられたとともに、素晴らしき指揮官でもいらしたのでござりますね!」涼馬が応じると、羽衣師はわが意を得たりとばかりに、喜悦の表情で言い継いだ。
「まさにそこじゃ。一芸に秀でた者は、自ずから人品骨柄も磨かれ、世の中を動かす人材に成長するものじゃ。そなたには宝珠の原石のごときものがある。せいぜい大事にして、せっかくの才能を、世のため人のために役立てよ。よいな、きっとじゃぞ」
生来の口下手を押し、懸命に物語した羽衣師は、安堵した表情で墨を擦り始めた。
そして、その顔そっくりの角張った癖のある字で、1通の紹介状を書いてくれた。
「つぎは弓術じゃ。剣術や槍術同様に研鑽を積み、そなた独自の武芸を創り上げよ」
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