第42話 突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌の十六角

 


「よいか、槍術は後にも先にも、長さ二間の槍一本で勝負する武術じゃ。棒の先端の刃にばかり気を取られてはならぬ。如何なる場合も棒全体の動きを思い描くのじゃ」


 握ってみよと言われ、涼馬は十六角の太柄を初めて握った。

 細身の刀とはまったく異なる、両手に武張った感触である。

 掌に馴染ませるのが第一歩と導かれ、涼馬は何度も収まり具合を確かめてみる。


 すっと、羽衣師が構えた。

 と思うと、矢継ぎ早やに刺突や叩打を繰り出す。

 いずれの技も、めくるめく速さと正確さである。


 ――突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌。

   変幻自在の槍術は格別の高等技なるぞ。


 見様見真似で、涼馬も突いたり薙いだり引いたりを繰り返してみる。

 5尺3寸の小柄な身体に、長大な長槍は至ってさばきがたいシロモノに思われたが、一心不乱に動かしているうちに、ふっとコツが降って来る瞬間があり、あとの動きは、強固な突っかい棒がいきなり外されたごとく、うそのように自在になった。


 腕組みをして涼馬の動きを鋭く観察していた羽衣師は、呆れたように唸った。

「いや、聞きしに勝るものじゃな。そなたもしや、千人に一人の天才やも知れぬ」


 先刻、増上慢に釘を刺されたばかりの涼馬は、謙虚に平伏し、

「過分なお言葉、畏れ入りまする。ご伝授賜りましたままに動いてみただけで、自分ではまだ何事も修得できておりませぬ。どうか、じっくりとお導きくださりませ」


 すると、羽衣師は四角い口を豪快に、ぱかんと割った。


「ははは。むろんじゃ。新人にそう簡単に奥義に達せられたら、身共みどもは飯の食い上げゆえな。任せておくがよい、必ず一人前の槍術遣いに仕上げてやるがゆえにな」軽口を言いながらも珍しきものに吃驚きっきょうしたような金壺眼が、温かな光を浮かべている。


 ――岳遼師といい、羽衣師といい、何と優れた、佳き方々なのだろう。


 涼馬はご家老のおかげで最高の師に恵まれた事実に、あらためて感謝を深めた。

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