第38話 可愛い子には旅をさせよ……岳遼師の温情
入門から10日目。
いつもどおりの稽古が終了したあと、涼馬は岳遼師に別室に呼ばれた。
「涼馬、よく精進したな。もはや拙者がそなたに教える技は、ひとつもなくなった。あとはそなたが自らの腕を磨くことじゃ。ついては、武芸全般を極めるがよかろう。縫殿助、いや、ご家老もお望みであろうし、亡き徹之助もさように望んでおろう」
さりげなく付け加えられた言葉に、涼馬は、あっと思った。
――師は、いつの間にその事実に気づかれたのであろうか。
拙者の前身が女子であるという、重大な秘密も?……。
だが、岳遼師は別段これといって含むところのない様子で、「わかったな、涼馬。では、今日はこれを携えて帰れ」きちんと折った書状をさりげなく手渡してくれた。
――
剣を筆に換えただけとでも言いたげに、さらりと流麗な文字が表書きされている。
「
「承知仕りました。何から何までのお心尽くし、まことにありがとうございます」
言い古された言辞に心からの感謝を込めると、師は飄々と次の言葉を口にする。
「言い置いておくが、そなた、当稽古場の敷居を、二度と、またいではならぬぞ」
驚愕した涼馬は、思わず師に取り縋る。
「えっ、拙者は破門でございますか?!」
が、岳遼師は、あっさり言い放った。
「ま、そういう訳じゃの」( *´艸`)
涼馬は食い下がる。
「何故でござりますか。拙者が何かご無礼を働きましたでしょうか。このままでは母に報告もできませぬ。後生ですから、どうか出入り禁止の訳をお答えくださりませ」
すると、岳遼師は豪快な笑顔を他愛もなく全開させ、
「あのなあ、涼馬。そなた、先達の格言を知らぬかや。可愛い子には旅をさせよと、さように申すではないか。愚か者めが。かような
岳遼師の厚い温情を知った涼馬は、床に身を投げ、わっとばかりに泣き伏した。
「ありがとう存じます。お師匠さま! 星野涼馬、このご恩、生涯忘れませぬ!」
うっかり女の泣き方になっていたやも知れぬが、いまはそれどころではなかった。
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