第36話 岳遼師から卜伝流の奥義「一刀流」を授けられる


 

 幸いにも、涼馬が星と仰ぐ岳遼師は、周囲の小波に惑わされる小器ではなかった。

 その事実こそが、涼馬にとっては、浮世の渦からすっくと立ち上る正中線だった。

 師は実戦技のほかに、塚原卜伝流剣術の核となる哲学も惜しまず伝授してくれた。


「よいか、涼馬。わが流祖の卜伝さまは、後の世に剣聖と謳われる無敵の剣士であられた。真剣仕合は19度、戦場での打合は37度、さらに木刀による打合は数百度にも及んだが、ただの一度として切庇せっぴ突庇とっぴも被られなかった。まさに剣術の神、聖人なるお方なるぞ」


 岳遼師の教えを一言一句聞き漏らすまいと、涼馬は全身を耳にして聴いている。


 ――流祖が編み出された尊い剣術を、拙者も必ずや修得してみせるぞ。

   そのうえで星野家の再興を果たし、さらには兄上の仇を討つのだ。


      *


 稽古場に通い始めて7日目、岳遼師は卜伝流の奥義「一刀流」を授けてくれた。


 ――如何なる状況にあっても、敵を一刀のもとに倒す。


 小手先の技巧をいっさい廃した生真面目で剛直な太刀筋は、師が「この若者こそ」と見込んだ逸材中の逸材にしか伝授を許さぬ、卜伝流伝統の最高の高等技である。


 当然だが、並み居る兄弟子を牛蒡抜きにした涼馬には、羨望と嫉妬が集中したが、小柄ながら栗鼠りすのように敏捷びんしょうな涼馬の並外れて卓抜な運動能力の高さには、だれしも押し黙るしかない様子だった。

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