第34話 星野家を背負った涼馬はふたりの女子を庇護する



 翌日から涼馬は、辰の刻に葉山岳遼師の剣術稽古場へ通う日課を自らに課した。


 起きているときから就寝中に至るまで、涼馬の胸は剣術のみで占められている。

 食事中も心ここにあらずで、師から学んだ技を繰り返し頭の中でなぞっている。


 今朝も今朝とて、塗り箸を持った手を「エイッ!」と振りかぶり、女中の梅に、

「んまぁ、涼馬坊ちゃま。ご熱心なのは結構ですが、ごはんのときまで、そのように熱心に練習されずとも」小豆粒のごとき小さな目を、大豆粒ぐらいまで見張られた。


 梅の「坊ちゃま」癖は、いまだに抜けきれていない。

 閉口すると言いながら、涼馬もいささか面倒になり、


 ――まあ、いいか、実害があるわけじゃなし。

   蚊が鳴いているとでも思っていれば……。


 と放ってあるので、いっこうに改まる気配がない。

 それどころか、すっかり元の木阿弥になっていた。


 何かと口うるさい梅とは反対に、母の彌栄は至っておっとりしていて、

「まあ、よいではないか。一刻も早く一人前の武士になろうと気概に溢れている証拠じゃ。頼もしい限りぞ」婉然と微笑みながら、涼馬の勇み足を見守ってくれている。


 一途になったら歯止めが利かぬ、自身の性質を十分に自覚している涼馬は、

「ご心配をおかけして申し訳ございませぬ。おふたりがよくご承知のとおり、拙者、はなはだしい不器用につき、せっかく師からご伝授賜りました技の要点を身体に叩きこんでおかねば、安心して次回の稽古に臨めぬのでございます」頭を掻いて詫びた。


 その所作がまた板について男らしいと、梅は団子鼻のてっぺんを薄赤くしている。

 叱られるより増しにせよ、何をやっても褒められるのもいささか鬱陶しいものだ。


 だが、老女(17歳から見ればの話だが)ふたりの庇護者のつもりの涼馬は、


 ――やれやれ。女子どもというものは、致し方のないものじゃ。


 苦笑しつつ大人びた眼差しで見守り、ふたりから距離を置けるようになっていた。

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