第28話 塚原卜伝流剣術の師範・葉山岳遼の門を叩く


 

 高遠3万3,000石のこぢんまりとした城下町は、東山の中腹に小さな天守を構える高遠城から、真っ直ぐ西方に駆け下るようにして造成されている。


 天文14年(1545)、甲斐から進出した武田信玄が高遠氏の居城を征服し、「戦国の草刈り場」と言われるほど群雄割拠する信濃進出の拠点に位置づけた。


 武田氏滅亡後の城主は、織田信長の麾下きかの木曾義昌から徳川家康方の保科正直へと移り、家康によって江戸に幕府が置かれると、京極、保科、鳥居氏と交代したが、元禄4年(1961)内藤駿河守清枚ないとうするがのかみきよかずが河内富田林領から移封になって初代高遠領主となり、現在の仕置きの様相が始まった。


 こうした長年の由縁の末端に位置するわが身を思えば、町娘に若気にやけてなどおられぬ。元高遠小町は表情を引き締め、袴の裾を勇ましく蹴り上げながら歩いて行った。


      *


「何事も初めが肝心じゃ。ことに事情を抱えたそなたの場合は……。あの生真面目な男ならば、剣術の技はもとより、武芸の何たるかを正しく指南してくれるじゃろう」


 縫殿助ご家老が太鼓判を押して推薦してくれた塚原卜伝流剣術の師範・葉山岳遼の剣術稽古場は、城下を真っ直ぐ貫く中央通りから半里ほど南に入った小丘陵にある。


 四囲を雑木林に囲まれた四角四面の建物で、簡素を通り越して素気ない。

 装飾や無駄をことごとく廃すると、こうなるという、見本のようである。


 時間が早いせいか、まったく人影が見当たらない。

「もうし。ご免くださいませ。どなたか、おいでになりませんでしょうか」

 言い終えて、あっと思った。

 これでは女子である。

 いかぬ、いかぬ。


「もうし、頼もう。拙者、星野涼馬と申す。剣術のご指南を賜りにまいりました」

 重々しく言い直しながら、道場破りじゃあるまいし、これでよいのか不安になる。


「あのう、もうし、もうし……」

 言いさしたところへ扉が開き、50年輩の牛蒡のごとく痩身の男が顔を出した。

 無駄のない、ゆるりとした身のこなしから、葉山岳遼その人だろうと直感する。

 剣術稽古場と同様に、一片の虚飾もない、小刀で削いだように鋭い風貌である。


「いや、お待たせしたかな。相済まぬ」

 葉山岳遼は気さくに涼馬を手招きする。

 それでいながら、まったく隙がない。


 涼馬は畏怖しながら近づいて行った。

 間近で見ると、さすがの眼光である。

 深奥の到達者だけに許されるしなる芯。

 それを岳遼も手に入れているようだ。

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