第27話 若武者になって初めて昼間の城下を歩いてみる


 同日、辰の刻。

 縫殿助の紹介状を携えた涼馬は、母と梅に見送られて屋敷をあとにした。


 亡き兄・徹之助は、剣、槍、弓、柔、馬と武芸全般に習熟していた。そのうちで、新米武者の涼馬が第一に訪ねるべきは、塚原卜伝流剣術の師範・葉山岳遼はやまがくりょうだった。


 涼馬にとっては、武士になって初めての、明るいうちの他出である。

 目深に笠を被ったとはいえ、果たして、他者の目に如何様に映るか。

 涼馬はつい気後れがしてしまい、面を伏せ加減にして歩いて行った。


 斜め前方から視線を感じた。

 上目づかいに確かめてみると、


 ――いやはや、これはいかぬ!

 

 兄の朋輩だった顔見知りの若い武士が、不審げな顔で涼馬を凝視している。


 ――ちっ、気取られたか?!


 肩を竦めた涼馬は、大股で近寄って来るはずの相手に、身体中で身構えた。

 だが、武士は、つと視線を外すと、すたすたと何事もなさげに歩み去った。


 訳がわからぬまま、宙ぶらりんな気持ちを持て余しながら歩いて行くと、今度は、古くから星野家に出入りしている魚屋が、ひょいひょい天秤棒を担いでやって来た。

 勝手口で梅が親しげに御用聞きの相手をしているとき、その当時はまだ小梢の時代だった涼馬も、梅に手招きされ、ふたりの話に加わった場面が瞬時によみがえった。


 ――すわっ、今度こそ?!


 涼馬は、ふたたび身構えた。

 だが、ずっしりと重量のありそうな荷を支えるために、用心深く腰を落とした魚屋は脇見どころではないらしく、涼馬のすぐ目の前を汗だらけになって通過して行く。


 またしても涼馬は拍子抜けした。

 あれこれ懸念していたよりも、気づかれる危険性は少ないのかも知れぬ。それだけ武士に成りきっている証で、嗜虐しぎゃく好きなご家老に倣えば、化け上手ということか。


 いや、意外に世の中、楽なものじゃ。

 軽い、軽い。

 極度の緊張から解かれた涼馬は、慢心を自分に許した。


 何やら変身が面白くなって来たところへ、ちょうど年頃の町娘が、くねくねとしなを作って歩いて来たので、いたずら心を起こした涼馬は、さっそく試してみる。


 青空に輝く太陽の真ん中に弓矢を放ったほどに、美男侍の効果はてきめんだった。

 敢えて顔をのぞきこむと、町娘は真っ赤になって狼狽え、身をよじって逃散した。


 ――ほほう。こう見えて、拙者、なかなかの男前と見える。


 わが事ながら冷静に感心しつつ、涼馬はひそかな自信を深めていた。

 それにしても、娘が娘に惚れられるとは、まことに妙な気分である。

 

 自信満々の涼馬はもはや笠を目深にもせず、下を向いたりもしない。

 威風堂々と顔を上げて、大通りの左側を、武士らしく闊歩して行く。

 通行人から野良犬に至るまで、美々しい若武者に敬意を払っている。

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