第13話 勝気な小梢の本領発揮の巻でございますよ


 

 立春とは名ばかり、まだまだ真冬並みの寒気に晒される山国高遠である。

 薄い日が西に傾き始めたとたんに、刻一刻、急速に気温が下がって来た。

 はるか遠い赤石山脈から、雪を運ぶ雲が押し寄せて来そうな気配がある。


 清麿邸への往路は武士や町人で賑わっていた城下はうそのように閑散としていた。

 綿入半纏の袖を洟汁はなじるで光らせた腕白坊主も、神隠しに遭ったように消えている。


 哀れにもまだらに毛が抜けた黒犬が1匹、痩せた股の間に針金のような尻尾を挟んで、しよぼしょぼ歩いている。行く当てのない犬の孤独に、小梢は激しく共鳴した。


 荷車のわだちで凸凹に凍った残雪に、馬糞がそのままの形で凍っている。

 もう、歩きにくさ、この上なし。

 せっかちな小梢には、深紅の鼻緒の雪下駄がもどかしくてならない。


 ――ちっ、気取らずに、藁沓わらぐつを履いてくればよかった。

   爺やが仕留めた、熊の毛皮の外套も羽織ってくれば……。

   極寒にかような薄着では、万一の命取りにもなりかねぬ。


 いまさらだが、ここ一番と着飾って来た晴れ着の寒さが無性に腹立たしい。


 ――豪奢な振り袖は、酔狂な茶番劇の演出にひと役買わせただけじゃった。

   かような役立たずは、裏山で冬眠中の熊の娘にでもくれてしまおうか。


 小梢はふたりの男に故なく貶められた屈辱に、全身をかっかと憤激させていた。


 ――ああもう、腹立たしいったらありゃあしない!(# ゚Д゚)


 しなしなと淑やかさを心がけた往路とは逆に、男のような大股で闊歩して行く。

 できるなら、邪魔な着物の裾を尻端折しっぱしょりして、全力で駆け出してやりたい。

 この分では、日暮れて足もとも見えない帰路は、相当に難儀しそうではないか。


 ――いっそ、このまま屋敷へもどろうか。

   それともご家老屋敷を急襲しようか。


 何度となく逡巡を重ねるうちに、ふと気づくと、もうお城の近くまで来ていた。


 高遠領に星野家老ありと聞こえた縫殿助の邸宅は、要職の地位を示すかのように、高遠城の本丸近くの、日当たりのいい清潔な台地に、豪壮な構えを展開している。

 長大な長屋門に添いながら、石高や格式に引け目を感じなかった幼時が懐かしい。


 ――あの頃は、現世うつしよも苦渋とは無縁のお伽噺の世界に思えたものじゃった……。


 粛然たる気持ちに駆られながら、この先の未知なる時間にも思いを馳せていた。

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