第9話 お嫁さんの差し入れ

「で?どうだった?」

 休暇明けのリオン王子の執務室で私は新婚生活について問われていた。嘘はつけないので


「はい!実家にてジュリエットさんが…姪たちに腕を齧られましてほとんど療養しておりました!!」

 と言ったら流石に王子は


「はあ!!?お前達…何をしてるんだ!?子作りは!?」


「し、してません。…怪我をしているのですよ?」

 いくら王子命令と言えど怪我をしている人間に変なことも出来ないだろう。

 王子は額に皺を寄せた。


「…キスくらいはしたんだろうな?」


「……………」


「おい!?どうなんだ!?」


「…………いいえ…」

 盛大なため息がした。


「お前は嫁を何だと思ってるんだ?ただのペットか!?」


「い…いいえ…」


「東の空島のイートン伯爵領から虫歯発症者が出たと報告が上がっている…。これはお前達に愛がないからだと思う。…50年毎の竜族と人間の結婚では…初夜を共にした男女であれば発症者は無かった。しかし今回は違う。いくら意図した結婚では無いにしろ…これは前例がないから何とも言えないが一度も愛する行為を行わないのなら結婚とは言えないのではないのか!?だから発症者が出た」


「発症者は…本当に呪いですか?」


「ああ、昔の文献と同じ、自力で引き抜いても次の日には違う歯が虫歯になった。早過ぎる!感染者の娘は隔離されたようだ…」


「………誠に申し訳ありません!何ぶん…急な結婚であり…。な、何なら私でなくとも他の者でもいいのではと…。ジュリエットさんはお金持ちのイケメン男性をお求めでしたし!!」

 と言うとリオン王子の鉄拳を食らった!!

 何故だ!!?


 バキィと音がして私は床にくずおれた。


「アホか!!お前のヘタレさには反吐が出る!一生結婚しないつもりか!いや、違うな愛する者を作らないと言うのか?」


「ううううっ…王子…王子…」

 と私は泣いた。


「お前マジでいい加減にしろよ?昔からの親友だから結婚させ幸せに家庭を作るべきだと俺はお前にいくつも見合い話を寄越したよな?」

 と怒鳴られた。


 ………そうです。私はいくつも見合いをしてきましたが、今は仕事が大事だからと毎回断り続けた。今回の人間との結婚は命令と言えど王子なりの気遣いであった。違う種族同士なら興味を持つと思ったのだろう。


「お前の仕事脳はどうかしている!たまには休んだ方がいいのに、休暇を与えれば仕事を家に持ち帰りこっそりしてくるし!」


「………し、しかしいきなりの結婚で頭がついていかないというか恋人がいた事が無いものでどう接すれば判らず戸惑ってばかりなのです!!」

 と私は泣きついた。

 リオン王子は綺麗な顔を歪め、


「俺は結婚に向けてフィリスと準備する事にした。フィリスに子が出来たそうだ」


「えっ!!?それは!!おめでとうございます!!」

 と祝福した。これから結婚の準備で忙しくなる!手配することが多くなるだろう!


「お前…そう言えば式を挙げてもいなかったな。婚約指輪すらも与えていないのではないか?」


「はっ!そ、そう言えば…家は買いましたよ?」

 と言うと


「うむ…何というか親友としてお前には幸せになって欲しいものだ。あの娘が気に入らないならお前のいう通り他の者との結婚も改めて考えることにする。今年中が期限だ。竜族が滅ぶ前にお前があの娘と仲良くなるか、他の者を紹介するか選ぶがいい!!」

 と言われた。一瞬だけチクリとしたが、ジュリエットさんに辛い目ばかり合わせている私としては彼女には幸せになる権利があるだろう。


「ああ…言い忘れていたな…。50年毎の花嫁…。竜族はもちろん花嫁と結婚して子作りをしたことが記録に残っている。呪いは発症せず今日まで平和な均衡を保っているが…。その後…夫が我慢出来なくなり花嫁を餌として食ってしまったことだ」

 ビクリとした。


「俺とフィリスは人間には興味がないし、餌としても見れんが…。お前もだろう?そう言う意味でもあの娘の夫はお前しか務まらないと思っているから結婚させた…この先…他のあの娘の夫候補が彼女を餌として見ないかどうかは判らん…大抵の者は餌として見るだろう。姪たちに齧られたのがその証拠だ。子供は我慢が効かないからな」

 ジュリエットさんに怪我を負わせたのは私のせいだ。もっとちゃんと言い聞かせていれば…。彼女もこの結婚に乗り気ではないようだし探せば餌として捉えない者がいるのではないか??ただしイケメンで金持ちというのが条件か!厳しいな!!


「次の日夜会で結婚発表をするからそれがチャンスだな!嫁に勧めてみろ!浮気をな!」

 う、浮気…。

 まぁ一応結婚しているしそういう事になるのか…。夫公認の浮気…聞いたことはないがジュリエットさんを心から愛する者が…現れれば私も離縁の準備はできよう。


 *

 その日の夕方仕事が終わり私は部屋に帰ると私の部屋の机にちょこんとクッキーという人間の食べ物が置いてあった。竜族は基本は肉や魚を好む。野菜も食べる草食派もいるが。甘いオヤツを食べる習慣があまりない。珍味好みはいるだろうけど一部のマニアックな連中だろう。それに虫歯を恐れて率先して甘いものは取らないようにしている。


 メッセージが付いていた。


(クレイグさんへ


 お疲れ様です!甘い者を食べると疲れが取れると私達の間では語られています。何故かここにはあまり甘味が少ないと思いまして…果物はたくさんありましたが…だからクッキーを焼いて見ました。 


 私は村で2番目に料理だってお菓子作りだって上手なんですからね!!ポーリーナには負けたけど!!)


「…………」

 私は包みを見つめた。

 捨てるべきか!?


 でもそんなことをしたら彼女が悲しむのでは?いや、誰も見ていないし。

 ゴミ箱の前で包みを持ち止まった。


 これを作るのに侍女長が怒らないはずがない。きっと自分用にと言って作ったのだろう。

 私はソファーに座ると包みを開けて食べ始めた。


 …甘い…。


 虫歯になったら…と考えなかったわけではない。彼女に「食べましたか?」と聞かれたら私は正直に言うだろう。捨てましたと。

 そうしたら悲しむかもしれないし虫歯のことを話せば解ってくれるかもしれない。


 しかし悲しんだら…


 と思うとツキリと胸がまた痛んだ。

 双子に犬を食われた時も悲しくて数日落ち込んでいたが…今回はただの想像に胸が痛むとは…。


 ジュリエットさんを餌として見ない金持ちのイケメンが現れれば彼女も幸せに私から去れるだろう。


 きちんと話そう…。

 と私はクッキーを全て平らげた。

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