第44話「守るべきもの」



 清史達は後島に続く橋へ向かった。全長100メートル程度の背の低い木製の古橋だ。この一本の小さな古橋が、前島と後島を結んでいる。


「ねぇ、誰かいるよ」


 光は橋の入り口に一人の人物が立っているのを発見した。その人物は警備員のような風格でたたずんでいた。言葉を交わさずとも、清史達を安易に通してくれる可能性がないことは明々白々だ。


「ここは通さない」


 警戒心をむき出しにし、視界に映る者全てを敵と見なすような恐ろしい声で、その人物は口にした。案の定、後島に立ち入ろうとする清史達を拒んでいるようだ。


「え? あの人って……」


 その場にいた全員が、その人物に恐ろしいほどに見覚えを感じた。そう、キオス島の島民なら誰もが認知している人物だ。


「やっぱりそうか」


 律樹はその人物を睨み返す。自分達の前に立ちはだかる可能性を、密かに察知していたような様子だ。


 そう、彼は……








「何の真似だ、町長」


 その人物は、貴緒須町の現町長、芳堂宗光だった。町長選に繰り出し、町中で演説をしていた姿が記憶に新しい。しかし、その彼がなぜか橋の入り口で、清史達の行く手を塞いでいた。


「なんで芳堂さんがここに……」

「もちろん君達が後島に侵入するのを防ぐためだよ」


 芳堂は犯罪者を前にするような目付きで、清史達を睨み付ける。演説で見せていた爽やかな優男の印象とは真反対だ。


「やっぱりな。今まで俺達の宝玉探しを邪魔してきたのは町長だったのか」

「え? どういうこと?」


 律樹が光に説明した。彼が言うには、芳堂は裏から手を回し、清史達が宝玉を手に入れるのを防止してきたという。


「他の島の自治体の町に命令してんだろ。宝玉の存在を公に明かすなって。どうりで聞き込みをしても島民が知らないわけだ」

「あぁ。でないと一般人が簡単に宝玉を手に入れてしまうのでね」


 清史達と同じように、芳堂も宝玉の存在を知っているらしい。恐らくシマガミや生け贄の契りのことも。それより驚くべきことは、芳堂が裏で間接的に清史達の宝玉の捜索を邪魔していたということだ。


「印象操作……」


 清史達が度々島を訪れ、宝玉の情報を探るために行っていた島民への聞き込み。だが、有益な情報を得た試しは数えるほどしかない。

 それは各島の自治体が、口裏を合わせて宝玉の存在を島民に口外しないように印象操作しているからだった。全て芳堂の策略だ。


「ねぇ、もしかしてガンセツ島の一件も……」

「そういうことだ。町長、あんたが木上さんを買収して、俺達の問題に細工したんだろ?」


 ガンセツ島で行われたオリエンテーリング大会、ガンセツウルフ。そこでは木上の手で清史達のチームの問題をすり替えられたり、チェックポイントの数を変えられたり、姑息な罠が仕掛けられていた。それも全て芳堂の企てだったのだ。


「君達が宝玉を探しているのを知ったのは、ミズシロ島の役場からの連絡だ。そこからライフ諸島それぞれの島の自治体に警戒体制を取らせた。そして君達がガンセツウルフに出場すると大会本部から聞いて、木上を利用して細工したってわけだよ」


 律樹と光は、一度ミズシロ島の役場を訪れた。そこで役員が清史達が宝玉を集めていることを知った。そこから芳堂の策略は始まっていたのだ。


「ガンセツ島の一件の後から何も邪魔できなかったのが悔しいな。町長選の選挙活動もあったから仕方ないが」


 淡々と説明する芳堂。そして、清史の腹の底からとてつもない怒りが込み上げてくる。宝玉探しは千保を生け贄の契りから解放するために行ってきた。

 それを邪魔するということは、間接的に千保を殺害することに繋がる。


「どうしてそこまで俺達の邪魔をする……」

「決まっているだろ。島を守るためだ。普通に考えてみろ。人間一人の命のために、島を沈めていいなんて馬鹿な話があるか」


 芳堂は生け贄の契りの存在を知っているため、島が沈む事実も周知している。島一つが失われるともなれば、町長として町を守るために、生け贄の契りを交わした者が宝玉を集めるのを阻止することだろう。


 しかし、清史にはその信念が理解できず、眉間にシワが寄る。個人の生命観を冒涜するような彼の思考が、清史の怒りの限界点を貫く。


「テメェ、本気で言ってんのか?」

「本気? 当たり前だ。これは私に課せられた使命なのだからな」

「使命?」


 再び芳堂は語り出した。


「我々芳堂家は、今までずっと島を守ってきたんだ。シマガミと生け贄の契りを結んで、宝玉の収集を命じられた人間達を、様々な手段で葬り去った」


 シマガミが島の人間と生け贄の契りを交わす行為は、シマガミ自身の死期が迫る度に行われてきた。ほとんどの人間が死ぬ運命から免れようと、シマガミに言われた通りに宝玉を集めるという。

 芳堂の一族はその人物を特定し、寿命が尽きるまで宝玉の捜索を邪魔することを繰り返してきたそうだ。


「心は痛まないの……?」

「もちろん痛むさ。でも、やらなければ島が沈むかもしれない。私は生け贄の契りに選ばれた者を殺しているんじゃない。島が沈むことによって、死ぬかもしれない島民の命を救っているんだ」


 芳堂の行っていることは解せないが、訴えていることは至極真っ当だ。詩音や光は、どこか納得しかけたような表情で芳堂を見つめる。


「ご先祖様の話では、何度か失敗したこともあったらしい。宝玉を全部集められて、島が沈んで多くの島民が命を落とした」


 芳堂の話を聞いて、律樹は納得した。元々12の島があったライフ諸島が、天変地異を繰り返し、現在は5つになった。

 その背景に、生け贄の契りを結ばされた人間が、宝玉を全て集め、島を沈めてしまった過去があったようだ。千保が文書を見つけたあの海の底の島も、同じようにして沈んでしまったのだろうか。


「とにかく、後島で最後の宝玉を手に入れるつもりであるなら、できれば諦めてほしい」

「諦められるかよ。このまま千保を死なせてたまるか!」

「では、このまま全ての宝玉を手中に納めて、島を沈めて島民を見殺しにすると言うのか?」

「それは……」


 清史の心の中で天秤が揺らぐ。千保の命を救うことを望んでいるが、島民の命を軽視しているわけでもない。このまま全種類の宝玉を集めてしまったら、島が沈むという事実から目を背けているわけでもない。


 しかし、どちらを選んでも待ち受けるのは誰かの死だ。


“俺は一体……どうすりゃいいんだ……”




 清史は振り返り、千保の顔を見た。今にも泣き出しそうな顔をしている。無理もないだろう。自分が生きることで、島民が命の危機に晒されているのだから。そんな彼女を見るのが辛い、耐えられない。




“ならば、俺のやるべきことは一つだろ”




「それでも俺は……」


 清史は千保の頭を撫でた。瞳に指を添えて、優しく涙を拭ってやった。千保に降りかかる悲しみや苦しみは、自分の命の全てをかけて取っ払ってやる。それが清史の使命だ。


「俺は……千保を助けたい」


 清史はアタッシュケースを抱え、ゆっくりと歩み寄る。芳堂の横を素通りする。




 バギッ


「うがっ!?」


 突然とてつもない衝撃が、腹のど真ん中を強襲する。芳堂が清史の腹を狙って蹴り飛ばしたのだ。


「それなら私は、君を全力で止める」

「キヨ君!」


 まるで殺人者のような風格で、腹を押さえる清史を見下ろす芳堂。千保が慌てて駆け寄る。


「もうやめてください! こんなこと……」

「やめないよ。君には悪いけど、島民の命を守るために、誰も後島には入らせない」


 芳堂は腕時計で時刻を確認した。タイムリミットまで残り14分。まもなく千保の寿命が尽きる。


「諦めなさい。君の命はまもなく終わr……」


 バシッ

 芳堂が頬を殴られ、遠くへ吹っ飛ばされる。




「な、何だと……」


 芳堂は動揺した。彼を殴ったのは律樹だった。清史と千保を背中に隠し、拳を構えて立ち塞がる。


「俺の家族に手を出すな」


 清史は痛みを堪えつつ起き上がった。律樹が放った家族という言葉。それはもちろん千保のことだけではない。


「そうそう。私達にだって譲れないものがあるのよ!」

「そっちの思い通りにはさせませんから!」


 光と詩音も横に並び、芳堂と対峙する。




「いいだろう……全員まとめてかかってこい!」


 芳堂はネクタイを外し、着ていた上着を脱ぎ捨てた。腕をまくり、詰め物を入れたように引き締まった肉体を見せつける。清史達を全力で止めるため、実力行使に出るようだ。対する清史達も、千保を守るべく立ち上がる。


 千保、キオス島……本当に守るべきものはどちらなのか。二つの正義が、今ぶつかり合う。


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