第43話「家族と兄妹」



「キヨ君……助けて……」

「……あぁ」


 俺はポケットからスマフォを取り出し、再び時刻を確認した。時刻を見て、とある一つの可能性が頭をよぎった。何とも馬鹿げた幼稚な考えだ。


「今、助けてやるよ」


 果たしてうまく行くだろうか。いや、千保を救うためだ。そのためなら、僅かな可能性にでも賭けて手を伸ばし続けるべきだ。


「千保、一緒に祈ろう」


 俺は千保の手を握り、神に祈りを捧げた。千保も涙を浮かべながら、目を閉じて祈った。




 時刻は午後4時44分を示していた。








『ほう……条件を見破ったか……』

「え?」


 上空から深みのある声が聞こえた。俺達の視界に飛び込んできたのは、尾の長い巨大な赤竜。10年前の今日に、千保と生け贄の契りを交わしたキオス島のシマガミだ。


 よかった……成功だ。


「あの時の! でも、なんで……?」


 10年振りに対面した怪物を前に、千保は動揺する。なぜ突然姿を現したのだろうか。先程祠で祈りを捧げた時は、シマガミは現れなかったのに。千保には理由がわからなかったようだ。


 俺は下手くそながらも説明した。


「ただの賭けだよ。4時44分に目を閉じると、お前を目の前に呼び出すことができる。だろ?」

『見事だ。正確には宝玉が奉納された祠の前、もしくはシマガミが身を潜める神域で目を閉じる。それが私達を呼ぶ条件だ』

「目を閉じるって行為は、生け贄の契りから逃れる。つまり死の運命から逃れるって意味を込めてんだろ。なんともふざけた条件だな」


 シマガミは自慢気にたたずむ俺を見つめる。最初に俺が祠の前でシマガミと出会ったのは、偶然にも呼び出す条件を満たしたからだった。意識はしていなかったが、偶然時刻が午後4時44分だったらしい。


 俺はずっと気になっていたことを尋ねた。


「なんであの時、俺にキオス島の宝玉を託した?」

『私も賭けに出たんだよ。その少女への恩返しを望んでいた君が、本当にライフ諸島の全ての宝玉を集められるかどうか。その旅のスタートラインに立たせてやっただけだ』


 俺にキオス島の宝玉を与えたのは、シマガミの故意だった。今思えば、偶然持たされたあの赤い水晶玉が、千保との旅に巡り会わせてくれたと言っても過言ではないかもしれない。


 しかし今の俺の耳には、こいつの言葉は腹立たしい言葉としてしか入らない。


「ふざけんな。10年前にお前が千保と生け贄の契りを結ばなければ、こんなことにはならなかったんだぞ」


 絶対に目を反らしてはいけない事実がある。こいつは10年前に千保と目を合わせ、彼女と生け贄の契りを交わして寿命を奪ったのだ。それで千保がどれだけ苦しい人生を強いられたことか。


「散々な人生を歩むことになって、挙げ句の果てにはこれから死ぬだと? 神様のくせに偉そうな口叩いてんじゃねぇよ!」


 俺の頭には千保の涙が思い浮かぶ。クラスメイトに付けられたいじめの傷痕や、オズフルに襲われた際の外傷。千保を陥れた苦痛の全てが、俺の怒りとなって吐き出された。元はと言えば、全部こいつが元凶だ。


『君も知っているはずだ。我々シマガミは命に限りがある。死を免れるためには、この地に生きる者を犠牲にしなければいけない。これは定められた宿命なんだよ』

「だったら……そんなもんぶっ壊してやる!」


 俺はアタッシュケースを差し出す。千保の話では、集めた全ての宝玉をシマガミに捧げると、生け贄の契りから解放されると言っていた。望み通りくれてやるよ。こんな石ころ共。


「キヨ君、宝玉を渡すと島が……」


 千保が掠れた声で俺に呼び掛ける。宝玉を差し出すと千保の命は助かるが、その代わりキオス島が海の底に沈む。その事実を何度も訴えかけてくる。しかし、俺は声を無視してアタッシュケースを開く。


「言われた通り、全部集めてやったぞ! 千保を元に戻せ!」


 5つの宝玉の輝きが、暗く沈んだ森を明るく照らす。シマガミはその一つ一つを見定める。


 さぁ、千保の寿命を返してもらおうか。能力と死の運命から解き放ち、彼女を元の人間に戻せ。






『……ダメだ』

「は? なんでだよ!?」


 シマガミは頼みを断った。




『まだ全部ではない』

「何!?」

『あと一つ足りない』


 一つ足りない……? どういうことだ?

シマガミが要求している宝玉は、この5つで全部のはず。足りないということは、全部で6種類存在することになる。


 しかし、俺は首をかしげた。ライフ諸島はキオス島、ミズシロ島、ガンセツ島、スザク島、キノエ島の5つの島から成り立っている。俺達はちゃんと5つ全ての島を渡り、一種類ずつ宝玉を入手してきた。


「一つ足りないってどういうことだよ!?」

『見逃しているだろう。一番近いあの島を』

「あの島……?」


 あの島とは何のことだろうか。俺の困惑を置き去りにして、シマガミは上空へと飛び上がった。


『その島で待っている。タイムリミットまで残り一時間だ。お前達の本気を見せてみろ』

「お、おい! 待て!」


 俺の制止を聞かず、シマガミは南の方角へ飛んでいった。姿が見えなくなり、焦りが再発する。


“どうする……どうする……”


 ここに来て、もう一つ宝玉を探し出さなければいけないことになった。しかし、用意された猶予は一時間。それまでに宝玉を探し出し、シマガミに持っていく。果たして可能なのだろうか。






「……キオス島後島あとじま


 背後から声がした。振り向くと、律樹さんと光さん、詩音さんの三人が立っていた。逃げ出した清史を追って、神殿の森にやって来たのだ。


「え? 後島?」

「俺達が住んでるこの本島は前島まえじまと言って、面積の大半を占める。だがもう一つ、キオス島の近くに離れ小島がある。それがキオス島後島だ」


 律樹さんは淡々と説明した。彼の話では、キオス島には橋で繋がれたもう一つの小さな島があるという。

 そこは普段から濃い霧が立ち込めており、神殿の森と同様常に立ち入り禁止となっているらしい。観光用のパンフレットにも存在は記載されておらず、島民は不気味がって誰も近づこうとしないようだ。


 そこに6つ目の宝玉があるのだろうか。


「でも、なんでそれを……」


 わざわざ情報を提供した律樹さん。俺には不審でたまらなかった。律樹さん達は先程から千保を犠牲にする道を考えていた。千保本人が望んでおり、キオス島が沈むとなれば尚更だ。


 俺に残り一つの宝玉の在処を教えるということは、千保の延命を望んでいる俺に協力するようなものだ。


「ずっと見てた。お前達を」

「え?」


 律樹さんは俺を素通りし、ゆっくりと千保に歩み寄った。




 そして、しゃがんで思い切り抱き締めた。


「千保、ごめん。お前の気持ちに気付いてやれなくて、本当にごめん。お前が心の底から生きたいと願っていたのに、俺は……」

「お兄ちゃん……」

「清史は気付いてたのに、俺は気付けなかった……ごめんな……ダメな兄ちゃんで……」


 律樹さんは千保を腕の中に抱き寄せ、大粒の涙を流して泣き出した。俺が外部から勝手に割り込んできた他人であるから、千保の悲しみなど理解し得ない。そう侮っていた。


 だが、血の繋がった家族ですら見抜けなかった千保の本音を、俺は精一杯の愛で見つけてみせた。兄貴でありながら妹の本当の気持ちに気付けず、律樹さんは深い罪悪感に苛まれた。


 姉である詩音さんも駆け寄り、千保に抱き付いて泣きじゃくった。


「千保、私もごめん……千保のことも、宝玉集めのことも、全部お兄ちゃんに任せっきりで、私は何もできなかった……大切な妹が死ぬかもしれないっていうのに……私もダメなお姉ちゃんだよね……本当にごめんなさい……」


 二人に抱き締められた千保も、たまらず涙が溢れる。二人の頭を撫でて、幸せを噛み締めながら言葉を絞り出す。


「そんなことないよ……お兄ちゃんも……お姉ちゃんも……みんな大切な家族だもん……みんな優しくて……私の……大好きな家族だもん……」

「千保……」


 そして、千保も腹の底にしまい込んでいた思いを吐き出す。


「私の方こそごめんなさい……みんなにいっぱい迷惑かけて……本当にごめんなさい……」

「いいんだ。もう謝らなくていい」

「私達が絶対に助けるから……絶対に千保を死なせないから!」


 三人は喜びも悲しみも、全ての感情を共有した。大量の涙にまみれながら。


「清史君」


 光さんは俺の肩に手を置いた。彼女の瞳にも、うっすらと家族の証が浮かんでいた。


「律樹を変えてくれて、ありがとう」

「いえ」


 俺はシマガミが飛んでいった方角を睨み付ける。あの方向に後島がある。拳をぎゅっと握り締めた。家族団らんの時間はここまでだ。俺達は最後の宝玉の捜索に向かう。千保の命を救うまで、この旅はまだ終わらない。


「千保、待ってろ。もうすぐだからな」


 どんな過酷な運命であろうと、俺達は全力で抗ってみせる。千保の涙を見て、俺は決意を固めた。


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