第41話「命の代償」
「そんなことが……」
千保の過去を聞いた後、俺はパズルの穴にピースがはまったような、驚異的な確信を得た。
正直な話、俺自身も薄々と勘付いていた。ミズシロ島のキーといい、キノエ島の実代さんといい、似たような事例を見てきたから。実はそうなんじゃないかって。それでも認めたくなくて、目を反らしていたのかもしれない。
「じゃあ、千保の能力って……」
「あぁ。生け贄の契りを交わした者は、千保みたいな特殊能力を手に入れるんだ」
千保の超人的な能力は、シマガミから与えられたものだった。身体の特定の器官の働きを促進させ、筋力を増幅させたり、感覚を異常なまでに敏感にさせたりできる。彼女の肉体強化の能力のおかげで、俺は何度も救われた。
しかし、それよりも決して見逃してはならない事実がある。
「だったら早く宝玉をシマガミに捧げないと!」
俺はケースの宝玉に手を伸ばした。その能力を得る代償として、余命が10年となった。今千保の身に起きている症状は、間もなく寿命が尽きることを示している。
ならば、急いでシマガミの元に行き、宝玉を捧げなければいけない。そうすれば延命ができて、千保は元に戻るはずだ。
ガシッ
「え? うわっ!?」
バンッ
すると、律樹さんが俺の胸ぐらを掴み、背負い投げでぶん投げた。俺は地面に打ち付けられた痛みに悶絶する。
「キヨ君!」
千保はふらつきながらも、地面に伏せる俺に駆け寄る。相変わらずのお人好しだ。それよりも、いきなり何すんだよ、律樹さん。
まるで……俺のことを邪魔してるみたいじゃないか。
「お兄ちゃん、やり過ぎだよ!」
「お前が決めたんだろ。延命はしないって」
「……え?」
律樹さんははっきりと言った。延命はしない? 千保がそれを決めた? ちょっと待てよ。宝玉は全部集めたんだぞ。この宝玉を捧げれば、死は免れるんだろ? だったらなんでそうしないんだ? しかも、千保自身にその気はないって、どういうことだよ。
それじゃあ、本当に死んじまうじゃねぇか……。
「なんでだよ!」
「だって、たった一人の命より、大勢の命の方が大事でしょ」
「はぁ?」
さっきから二人の言っていることが全くわからない。このまま何もせずに、死を待つことを望んでいるみたいだ。なぜそんなことをするのか、俺には理解できない。
そして、律樹さんは声を振り絞って呟いた。
「延命を望むと……島が沈むんだよ……海の底に……」
「……は?」
再び訳のわからないことを言い出した。島が沈む? 島って、このキオス島のことか?
「この文書に書いてあったよ。生け贄の契りからの解放は、シマガミの死を意味する。すなわち島の命も終わり、天変地異が起きて沈むってわけだ」
宝玉を全て集めてシマガミに捧げると、生け贄の契りから解放され、延命ができる。しかし、その代わりに島が天変地異で海の底に沈む。それは文書に書いてあったことだと、律樹さんは説明する。
「千保、お前言ったよな。延命はしないって」
「……うん」
千保は小さく頷く。キノエ島の亀甲山を登った時に、律樹さんはその事実を千保に打ち明けたらしい。彼女は島を沈むのを防ぐために、宝玉を全て集めても延命は望まないと決意したという。
「仕方ないよ……キヨ君。私なんかのために、みんなが犠牲になる必要はない」
こんな時でも、千保は余裕を示そうと無理やり作り笑いをする。当然島が沈めば、多くの島民が命を落とす。ならば、自分は延命を望まずに死の運命を迎える。それが賢明な判断だと思っているのだろう。
だが、その態度が俺には我慢ならなかった。
「ふざけんな! お前はいいのかよ!? このままだと死んじまうんだぞ!? だいたい律樹さんだって、黙って死なせるとか何考えてんだよ! 大事な妹なんだろ!」
厄介者の俺のことを受け入れてくれた律樹さんにも、乱暴に吐き捨ててしまった。しかし、今は申し訳なさよりも怒りが勝っている。大切な妹が死ぬのを望んでるんだぞ。なんで平気で受け入れてんだよ。普通止めるだろ。
「お前に何がわかる! 家族でもないのに、血も繋がってないのに、赤の他人である清史に、千保の何がわかるって言うんだ!」
俺の繰り出した怒りは、更なる大きな怒りに跳ね返された。律樹さんはズカズカと俺に歩み寄り、再び胸ぐらを掴んで怒鳴る。
「俺はわかるさ。ずっと一緒に生きてきたんだからな。こいつが小さな頃から、ずっと一緒に暮らしてきた。こいつは俺の大切な妹だ」
千保も心配そうな目付きで兄を見つめる。誰も律樹さんの主張に異論を挟むことができない。光さんも詩音さんも黙ったままだ。みんな、辛くとも受け入れているのか、千保の死を……。
「俺が平気で受け入れたと思ってんなら大間違いだ。精一杯反対したさ。俺だって辛いよ。大事な妹が死ぬなんて。死んでほしくない。生きてほしい。神様に逆らってでも、この現実を覆したい」
彼の主張の強さから、本気で妹を助けたかったという意思が伝わってくる。その意思は、何とも残酷な代償に遮られてしまったが。
「だが、それは俺のわがままだ。俺の身勝手なわがままのために、このキオス島の島民2万3200人の命を切り捨てるなんてことはできない」
律樹さんの瞳から涙が溢れる。その涙は、妹を心の底から大切に思う愛の証だ。そうだ、俺なんかよりも酷く悔しがっているのかもしれない。ずっと一緒に生きてきた大切な家族が死ぬのだから。
「それに、何より千保自身が死ぬことを選んだ。認めたくねぇが、妹のことを誰よりも大事に思うのなら、その選択を尊重してやるべきだ。妹がどんなことを願っていようとも、同意してやるのが兄ってもんだろ!」
律樹さんの言葉には並々ならぬ説得力があった。例外が存在しない絶対的な定理のように感じた。それは、彼が千保と血の繋がった兄妹であるからだろうか。
それに比べたら、俺の思いなんか霞んで見えた。
「だから……のこのこと妹に寄ってきて、勝手によその家に上がり込んできたガキに……とやかく言われたくねぇ」
律樹さんは言葉の重りで追い詰めてくる。千保が望んだ選択を、兄として尊重してやるという意思に支配されている。彼の刺の付いた言葉に、俺の心は次々と穴だらけになっていく。何も言い返す言葉が見つからない。
「……」
そりゃそうだよな。俺は自殺を望んでいて、わがままでどうしようもないクソみたいな人間だ。他人の家に居候させてもらってるだけの、世界の端くれのような存在だ。
そんな俺が蚊帳の外からあれこれ口出しするなんて、身勝手極まりない。
「赤の他人であるお前に、千保のことなんかわかりっこねぇんだよ」
律樹さんは千保の手を掴もうと、腕を伸ばす。俺はもう一度千保の顔を見る。最後まで平気な顔を装っていた。
ガシッ
俺は律樹さんより先に千保の腕を掴んだ。
「……わからねぇから、一緒にいるんだよ」
そして、もう片方の腕でアタッシュケースを抱えて立ち上がる。千保の嘘だらけの表情を見ると、どうしても抗いたくなる。
「血の繋がりがないと、家族の一員でないと、人はわかり合えないのか? んなわけねぇだろ」
「清史……」
千保が言っていた。他人のことなんてわからないのが普通だ。しかし、理解するためには、一緒にいることが大事だって。一緒に遊び、一緒に笑い、一緒に泣く。そうやって時間と感情を共有することで、相手の内面を理解していく。
それは家族だけに限ったことじゃない。赤の他人である俺だって、千保のことくらい理解できる。律樹さん以上ではないにしろ、何も知らないとは言わせない。初めて会ったあの頃よりも、確実に理解できたはずだ。
「千保のことを理解したい。喜びも悲しみも、千保の全てを理解してやりたい。だから一緒にいるんだよ!」
そう言って、俺は千保の手を引いて走り出した。
「おい、待て!」
律樹さんはすぐさま追いかけるが、俺達は神殿の森に入り、行方を眩ました。深い森を駆け巡り、現実から逃げるように走った。このまま千保を死なせてたまるか。俺は決めたんだ。千保を守るって。
「キヨ……君……」
手を引っ張られながら呟く千保。待ってろよ、俺が必ず助けてやるからな。
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