第38話「生け贄の契り」



「じゃあ、俺と千保で向かうから。お前達はここで待ってろ」


 律樹は千保と共に亀甲山へ向かった。実代が言うには、キノエ島の宝玉は亀甲山の頂上に奉納されているという。

 先程まで止んでいたものの、遅れてやって来たように雪が降り始めた。あまり標高はない山とはいえ、この天候の中を全員で登るのはリスクが高い。


 慎重に話し合った結果、体力に自信のある律樹と千保の二人が登ることになった。


「うん、かなり吹雪いてきてるから、気を付けてね」


 清史と光、詩音は内山家に大人しく残った。宝玉のことは二人に任せるしかないようだ。どこまでも広がる雪景色の向こうへ遠ざかる二人を、見えなくなるまで見送った。




「……さてと」


 ふと、詩音が口を開いた。


「実代さん、教えてください。なんで宝玉があそこにあるって知ってるんですか?」


 ずっと疑問に思っていたことを尋ねた。今までの旅で得た知見として、宝玉は一般人には公に存在が認知されていない。しかし、実代はなぜか知っていた。

 そもそも実代は老体であり、まともに動くことができない。どうやって宝玉の在処を知ることができたのか。


「やっぱり知ってたらおかしいわよね」


 実代は少しも誤魔化すつもりはなく、素直に白状した。




「この間、シマガミが私に教えてくれたんです」

「シマガミが!?」


 彼女が言っているのは、キノエ島のシマガミのことだ。


「えぇ、窓の外の雪景色を見ていた時、ふらっと現れてね。あの山の頂上に置かれていると言ったの」

「ここにシマガミが来たんですか!?」


 シマガミは島の守り神だ。清史も一度遭遇したことはあるが、滅多にお目にかかることができるものではない。清史達は実代の言葉に耳を傾ける。


「でもどうして……」

「きっと私に同情でもしたんでしょう。にえちぎりを交わした上に、老いでまともに動けなくなって、死の運命から逃れられなくなった私に」

「生け贄の契り……?」 


 突然彼女の口から放たれた聞き慣れない言葉に引っ掛った清史。説明されなくとも、言葉だけで不穏な意味を感じ取ることができた。


「シマガミが生物にかける呪いよ。シマガミはこの島に身を置いてる分、寿命が非常に短いの。だから生き物の寿命を奪って生き長らえている」

「え、それって!?」


 この話は聞き覚えがある。ミズシロ島のシマガミが言っていた内容と同じだ。あの時は未玖留が飼っていたナキウオのキーに呪いがかけられた。結局キーは呪いのせいで寿命を迎え、命を落としてしまった。


「私も10年前に、この島のシマガミと目が合って、生け贄の契りを交わした。あの時のことはよく覚えてるわ。シマガミから丁寧に説明されたもの」


 今回は実代がその呪いをかけられ、10年間しか生きることができないという。清史は心の底に苛立ちが芽生えたのを感じる。寄りによってこんな年老いた老人をターゲットにするとは。


「でもね、一つだけ死を免れる方法があるの。それが『キノエ島の宝玉を見つけて持ってくること』」


 シマガミは生け贄の契りを交わした際に、回避できる条件を出したという。死を回避できる猶予を与えるところは情を感じられる。


「でも何分年老いた老婆なもので、ろくに探すこともできないまま、あっという間に月日が流れた。でも先日シマガミが宝玉の場所を教えに来てくれたの。なぜかはわからないけどね」


 自分の生死がかかっているにも関わらず、まるで孫に昔話を語るように、穏やかに話す実代。彼女の浮かべる笑みには、心の底にあるであろう悲しみが微塵も感じられなかった。


「そこであなた達にお願いしようとしたの。先日に光さんがYouTubeに投稿した動画で、あなた達も宝玉を探してることを知ったし、丁度いいと思ってね」


 実代はいつまでも笑みを崩すことはなかった。誰も彼女の笑みには勝てなかった。言葉は要らずとも、誰もが彼女に宝玉を譲ることを決意した。彼女の命がかかっているのであれば尚更だ。




「あの、こんなこと聞くのはすごく不謹慎かもしれないですけど、実代さんの寿命が尽きるのって……いつなんですか?」

「……」


 実代は壁にかかった古時計を確認する。






 そして、静かに清史達に微笑みかけた。








 一方、律樹と千保は、白銀の亀甲山を必死に登っていた。


「千保、お前に言わなきゃいけないことがあるんだが……」

「何?」


 ふと、律樹は千保に語りかける。


「……」


 すぐさま律樹は口を閉ざしてしまった。衝撃的な事実を、早く千保に伝えたいものの、彼女を傷付けるかもしれないことが障壁となって、なかなか口に出せなかった。


「も~、早く言ってよ~」

「じゃあ、言うぞ……」




 律樹は打ち明けた。千保から笑顔が消えた。




「……すまん」

「本当にいじわるだね。お兄ちゃん……」


 二人は頂上に到着した。視界を妨げる細やかな吹雪が、千保の頬に流れた悲しみを隠した。






「ハァ……ハァ……」


 律樹と千保は急いで山を降りた。頂上には小さな祠が建ててあり、観音開きの扉が開いていた。中に奉納されていた意思を手に取り、文書の絵と見比べた。

 亀の甲羅の雰囲気を醸し出す六角形の緑色の宝石……本物のキノエ島の宝玉だ。二人は持ち帰り、内山家へと急いだ。


「急げ! 早くしないと実代さんが!」

「わかってる!」


 先程、律樹の元に電話がかかってきた。悲壮な声で光が訴えてきたのだ。




 実代がまもなく寿命を迎えると。








「実代さん!」


 内山家にたどり着いた律樹と千保。一気に実代の元へと駆ける。




 ガラッ

 実代さんの寝室へと飛び込む。彼女は布団に横になっていた。見るからに衰弱しきっていた。寿命を迎えようとしているのが一目瞭然だ。


「嘘だろ……」

「間に合わなかったの?」


 律樹はたたずんだまま動けなかった。千保はキノエ島の宝玉を取り出し、実代に差し出す。彼女は辛うじて意識を保っていた。


「実代さん、宝玉持ってきたよ。これでもう助かるよ。だから安心して」

「……」


 実代は力を振り絞って手を伸ばした。




「え?」


 そして、千保が差し出した手を押し返した。


「ごめん、せっかく持ってきてもらって悪いけど、やっぱりいらないわ」

「な、なんで……」

「考えが変わったの」


 実代は天井を見上げた。そして、死期を悟って自分の一生を振り替えった。


「今までずっと、何かやり残したことがあるような気がしてならなかった。でも私は十分幸せだったのよ。死ぬ前に大好きなドリームプロダクションの演奏が聴けたもの。あんな素敵な音楽は初めてよ」


 律樹と光の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。


「だからもう、未練はないわ。最後はこうして、誰かに看取ってもらえるのが何よりの贈り物よ」

「母さん……」


 明典の瞳にも涙が浮かんでいた。母親の乾いた肌を優しく撫でた。


「この宝玉はあなた達に譲るわ。あなた達も同じものを探してるのでしょう? どうか残りの人生、幸せに生きるのよ」

「実代さん……」


 自分が死ぬ間際だというのに、周りの人々の幸せを願う実代。彼女の雪をも溶かすような温かい心に、清史達は励まされた。

 律樹と光は実代の手を握った。世界で一番真摯に応援してくれたファンに、悲しみを圧し殺して優しく語りかけた。


「ありがとうございます……俺達のことを応援してくれて……」

「向こうで結月さんと季俊さんに会ったら、言ってください。私達は一生懸命生きてるって……」

「えぇ……必ず伝えるわ」


 二人は握った手に冷気を感じた。実代は最後まで笑顔を保ち、和やかに呟いた。




「みんな、ありがとう……」




 実代は幸せいっぱいの笑顔のまま、眠るように息を引き取った。


「うぅっ……」


 看取った誰もが悲しみを堪えられず、涙を流した。千保の涙が瞳から零れ落ち、宝玉の上で弾けた。


「実代さん……ありがとう……」

「ありがとう……ございました……」


 律樹と光は、彼女のあまりにも綺麗な死に顔に向けて、何度も「ありがとう」と感謝を述べた。いつの間に雪は止んでおり、清々しい晴天空が顔を現した。未練を一つも残さなかった実代の人生のように。








 キノエ島での旅はあっという間に終わった。清史達は明典に見送られながらフェリーに乗った。


「色々とすみませんでした」

「いいえ、母に演奏を聴かせてくださりありがとうございます。どうかお元気で」


 出港するフェリーの上から、清史達は明典に手を振った。キノエ島の宝玉を手土産に。






『あの婆さん、おっんじまったみたいだな。せっかく宝玉の場所を教えてやったのに』

『相変わらず口が悪いな』


 去り行くフェリーを眺めながら、巨大な亀と竜が密談をしていた。二匹はシマガミ同士のようだ。


『でも優しげな顔もあるもんだ。宝玉の場所を教えたのもそうだが、最後を看取る時に雪を止ませてやるなんて』

『うっせぇ。宝玉の場所を教えろって言ったのはお前だろ。それよりどうするんだ。あいつら宝玉を全種類集めやがったぞ』


 大きな亀……キノエ島のシマガミが慌て出す。清史達に宝玉を集められると、問題があるらしい。


『まだ全種類ではないさ』

『そうか。いや、だとしてもまずいだろ。このままじゃ……』

『だからといって、我々の手で止めることは許されない。我々はただ傍観するのみ。この旅の結末を決めるのは、他でもない彼らだ』


 慌てるキノエ島のシマガミを、キオス島のシマガミはなだめる。


『今はまだ見届けるとしよう』

『全く……優しいのはどっちだよ』


 シマガミ達の存在に気付かず、清史達を乗せたフェリーはキオス島へと戻っていった。この後待ち受ける史上最大の試練を予兆するかのような、高らかな汽笛を鳴らしながら。


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