第35話「キノエ島」



「……」


 律樹は職場の休憩時間で、文書を読み解いていた。まともに読んだのは、宝玉の絵が描かれたページくらいだ。まだ全ページを読んだわけではなかったため、何か情報が掴めるのではないかと考えた。


「ん?」


 ふと、視界の隅に『シマガミの呪いと宝玉の関連性』という言葉が見えた。そのページで手を止め、慎重に読み進める。




「……え?」


 律樹は衝撃的な事実を目の当たりにした。








「開けるよ」

「うん」


 帰宅した律樹を交え、一同は届いた封筒を開く。光の家に届いた封筒だ。中には一枚の手紙が入っていた。差し出し人は内山実代うちやま みよという女性で、次の目的地であるキノエ島に住んでいるようだった。


「突然のお手紙失礼致します……池内光様が自身のYouTubeチャンネルにてお聞きした宝玉について、私の知る限りの情報をお伝えすべく、お送りした次第です……」


 光は淡々と内容を読み上げる。光がYouTubeに宝玉の情報を求めるという旨の動画を投稿し、それを見た視聴者から送られたようだ。実代は光のファンだろうか。


「単刀直入に申し上げます。私はキノエ島の宝玉の在処を知っています」

「え!?」


 衝撃の内容に、思わず清史達は身を乗り上げる。彼女は宝玉の存在を知っている島民のようだ。


「しかし、手紙上では私情があってお伝えすることができません。直接会って話をさせていただきたいです。私の家まで来ていただくことは可能でしょうか」


 光は更に手紙を読み進めた。実代は現在家を離れられない状況にあり、直接島まで来てほしいという。元々キノエ島に宝玉の捜索に向かう予定であったため、情報を提供してくれるのであれば都合がいい。


「その人、信用できるのか?」


 宝玉の存在を認知している一般人ということで、律樹は少々警戒していた。今までの捜索で得た見解として、町村役場の職員などの上層部の島民にしか宝玉の存在は認知されていない。


「だって、集める宝玉は残り一つなんだよ? 今まで苦労して集めてきたんだし、僅かな情報でもすがり付くしかないじゃない」


 対して光は乗り気だった。しかし、律樹が警戒してる理由はもう一つあった。彼の鋭い視線が、封筒に突き刺さる。


「……」


 宛先に記された『ドリームプロダクション』だ。


「リッキー、確かに気持ちはわかるけどさ……」


 ガタッ

 律樹は席から立ち上がり、苦しそうな表情を浮かべながら台所を去っていった。清史達も彼の弱々しい背中を見送る。光や加藤姉妹は理解しているものの、清史には律樹の心情がわからなかった。


“なんだ? 過去に何かあったのか……?”


 清史も封筒を眺める。ドリームプロダクションとは、一体何のことだろうか。




   * * * * * * *




 ゴゴゴゴゴ……

 俺達を乗せたフェリーが、大海原を突き進む。キノエ島はスザク島から西南西に27kmの沖合に位置しており、キオス島から一番離れている。片道だけで3時間海に揺られた。


「それにしても、なんだかんだで来てくれるんだ」

「仕方ねぇだろ。宝玉を探すためなら」


 あれだけ同行を渋っていた律樹さんも乗船した。俺にはまだ彼がキノエ島に向かうことを躊躇する理由はわからない。


「それに、時間がねぇしな……」

「そうね……」


 何やら意味深な会話をする律樹さんと光さん。俺にはわからないことだらけだ。特に手紙の宛先に書かれていた『ドリームプロダクション』という言葉。あれは一体何なんだ?


 ドリームプロダクション……なんか聞いたことあるような……。


「うーん……」


 俺は必死に記憶を手繰り寄せる。しかし、どうしても思い出せない。仕方なくスマフォを取り出し、検索エンジンに頼ることにした。


「ぶえっくしゅん!」


 突然辺りを包み込む冷気が、体を震わせる。なんだ? 急に寒くなってきたぞ。俺はリュックから用意していたジャンパーを引っ張り出して羽織った。

 そういえば実代さんが出した手紙には、島には厚着で来るようにという注意も書かれてあったな。


「キヨ君、島が見えてきたよ」

「あぁ……」


 千保が指差した方へ顔を向けた。遠くに見えた白い島を見て、実代さんの言葉の意味をなんとなく察した。






「えいっ♪」

「うわっ! 千保やめて!」


 島につくや否や、雪合戦を始める加藤姉妹。スゲェな……辺り一面雪景色だ。ここ本当に日本か?


「すごいわね。8月なのに雪って」

「キノエ島は別名『冬の居座る島』と呼ばれてて、一年中雪が観測されるらしいぞ」


 そういえばパンフレットにそんなこと書いてあったっけ。よく読んでねぇからわかんねぇや。とりあえず、俺達は先を急ぐ。予定通り、実代さんの家に向かわなければいけない。


「なかなか寒いな」

「キヨ君、温めてあげるよ」

「え?」


 雪合戦から戻ってきた千保が、俺の手を握り、すりすりと優しく擦って温めてくれた。さっきまで雪に触れていたはずなのに、彼女の素手は湯に浸した後のように温かい。


「サンキュー///」

「体温調節に使う神経を強化させてるから、放温も自由自在だよ」

「つくづく便利だな」


 再び千保の能力で助けられたみたいだ。彼女の優しさが恐ろしい。だがいい機会だ。しばし温もりを味わわせてもらうとしよう。


「おい、さっさと行くぞ」


 律樹さんがそそくさと船着き場を離れていく。さっきからやけに不機嫌だ。妹を取られて嫉妬してるのか? あんなに俺と千保の恋仲を応援してくれたのに。

 それとも、俺が告白を失敗したことに対して苛ついているのだろうか。


「リッキー待って!」


 光さんに続き、勝手に先を急ぐ律樹さんを追いかけた。






「ここが内山さんの自宅ね」


 俺達は『内山』の表札を見つけた。船着き場から徒歩5分と、近い場所にあって助かった。インターフォンを押し、玄関が開くのを待った。


 ガラッ


「こんにちは。えっと……母が呼んだお客様ですよね。はじめまして、内山実代の息子の明典あきふみです。どうぞお上がりください」


 出てきたのは息子さんのようだ。彼に連れられ、俺達は敷居を跨ぐ。明典さんは丁重にもてなしてくれた。実代のいる和室まで俺達を案内した。




「この度は足をお運びくださいまして、誠にありがとうございます」


 襖が開かれると、実代さんの屈託ない笑顔が飛び込んできた。見るからにかなりの老体で、歳もかなりとっている。布団をから起き上がるのを見て、わざわざ島に来るように命じた理由を何となく察した。


 用意された座布団に、実代さんを囲むように座った。明典さんが出してくれたお茶を啜ると、長時間の移動の疲れが吸い取られるように癒された。


「それで、宝玉の在処を知っているというのは……?」


 光さんが恐る恐る尋ねる。


「もちろん存じ上げております。ですが、それを教える前に、あなた達にお願いがあるんです」

「お願い?」


 実代さんは縮こまり、恥ずかしそうな表情を浮かべながら呟く。




「あの……とても身勝手な頼みなのですが……ドリームプロダクションの曲を演奏していただけますか?」

「……え?」


 出た、手紙の宛名に書かれてあったドリームプロダクションだ。その曲を演奏してくれとは……。


「私、ファンなんです。池内光さん、加藤律樹さん、あなた達二人がいたあのバンドが」

「えぇ!?」


 律樹さんと光さんは驚愕した。ていうか、ドリームプロダクションって、バンドのことだったのか。


 え? 律樹さんと光さんって、そのバンドメンバーなの!?


「ファンになったのは5年前ですが、決して若者とは呼べない私にも響きました。あなた達の曲が……」


 そうだ、俺は思い出した。11年前くらいだろうか。若者世代に絶大な人気を誇っていたロックバンドがあった。それがドリームプロダクションだ。

 家出する前、俺は彼らの曲をたまに聴いていた。2,3曲程度しか知らないが、多くのファンから人気を得ていたのは確かだ。


 最近でもよくYouTubeに彼らの曲を歌った歌い手の動画が載っていたのを見かける。今でも人気の色褪せないアーティストだ。


「あ、ありがとうございます……」


 光さんが照れくさそうに頭を下げる。でもまさか、光さんと律樹さんがそのメンバーだとは思わなかった。こんな身近に有名人がいたとは。

 そういえば前に光さん、車に流れてた曲を聴いて、私のベーステクがどうのこうの言ってたな。あれって本当に自分で弾いてた曲だったのか。


「今もYouTubeで曲聴いてます。光さんの個人チャンネルの動画も見てますよ」

「そうなんですか……嬉しいです♪」


 俺達は有名人とファンの微笑ましいやり取りを眺める。なんか……凄いな。こんなお婆さんでも魅了するロックバンドなんて。光さん達はまさに生ける伝説だ。


 あれ? でも待てよ。ドリームプロダクションって確か……


「だから、ぜひ生の演奏を聴かせてもらいたくて、お呼びしたんです。お願いできますか?」

「お安いご用ですよ♪ ね? リッキー」






「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

「え? ちょっと!」


 それだけ伝え、律樹さんは立ち上がり、虚ろな表情を浮かべながら和室を出ていった。光さんがすぐさま制止しようとするが、逃げるように離れていく律樹さんの耳には、彼女の声は届かなかった。何だ……一体どうしたんだ?


 律樹さんの心を代弁するかのように、外の降雪が次第に強まっていった。


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