第33話「花火大会」



『午後8時から予定通り、朱雀大西神社祭り恒例、花火大会を執り行います』


 定点スピーカーから本部の職員のアナウンスが流れる。俺はスマフォで時刻を確認する。午後7時53分だった。あれからかき氷やたこ焼き、わたあめ、射的、輪投げなど、屋台巡りを存分に楽しんだ。

 しかしあまりの楽しさに、ギリギリまで時間を忘れてしまっていたようだ。


「やべっ、もう時間か!」

「もうすぐだね~」


 パンフレットにも記載されていた今年の祭りの案内にも、花火大会は午後8時からと予告されていた。


「ん?」


 人混みの奥に見覚えのある顔が見えた。あの見るからにチャラそうな巻き髪……そして横に引き連れた女友達。


 あいつら……間違いない! 千保をいじめてたギャル達だ! まさかこんなところで出くわすことになろうとは。


「ねぇ、あいつもしかして……」


 こっちを指差してる。まずい、気付かれた。俺は千保の手を握って走り出す。


「え、ちょっとキヨ君……///」

「急がないと!」

「花火はここからでも見えるでしょ?」

「ここよりもいい場所を知ってるんだ」


 俺達は逃げるように大通りから抜け出した。きっとあいつら、千保を見つけたら突っかかってくるぞ。邪魔されてたまるか。俺は千保を守るため、千保を二人きりの時間を邪魔されないため、彼女の手を引いて走った。








 ここは朱雀大西神社の裏にある公園だ。花火は上空に高く打ち上がるし、ここからでも十分見える。それに表と比べて人も少ないし、知る人ぞ知る絶好の花火観覧スポットだ。


「ここで見よう」

「うん、そうだね」


 なんとかギャル達は撒いたようだ。俺達は空いているベンチを見つけて座った。


「ふぅ……」


 実はこの穴場を見つけてくれたのは詩音さんだ。ホテルで千保がシャワーを浴びている間、俺の告白のことを聞いて調べてくれた。ネットの口コミの端の端のそのまた端で、チラッとこの公園のこと呟かれていたのを見つけてくれたのだ。


“ありがとう……詩音さん”




 すると、千保はベンチに座るや否や、自分の足元へチラチラと目を配る。


「どうした?」

「何でもないよ」


 苦笑いではぐらかす千保。流石の俺にも、何か抱えていることが明らかだ。目線を落とし、千保の履いている下駄を見る。


「嘘つけ。痛むんだろ」

「あ、うん……」


 千保は右足に履いていた下駄を脱いだ。

第一と第二趾の間の付け根が、うっすらと赤く腫れていた。下駄のつぼで痛めていたようだ。


「ほら、やっぱり」

「あはは……さっきからずっと歩いてたからかなぁ?」


 笑顔で痛みをごまかそうとする千保。屋台の並んだ通りを歩いていた時から、足に痛みを感じていたのかもしれない。

 さっきもギャル達に会わせないようにするためとはいえ、走らせてしまったからな。痛がってたら申し訳ない。


 俺はポケットから消毒液と絆創膏を取り出す。


「これ使え。光さんが持たせてくれたやつだ」

「お、気が利くね~」


 あくまで痛みは大したことないと示すため、千保は余裕の二文字を浮かべた態度で笑う。しかし、絶対にそんなことはないはずだ。というよりも、そうであってほしくない。


「足出せ」

「え?」


 俺はベンチから立ち上がり、千保の前に来てしゃがむ。


「いいから」

「う、うん……」


 千保は素直に右足を伸ばした。俺は彼女の足の指股に、丁寧に消毒液を吹きかける。


「染みるか?」

「大丈夫。ありがとね」

「……」


 まだ千保とは一ヶ月程しか時を共にしていない。しかし、俺には一つだけわかった事実がある。千保はたとえ大丈夫ではない時にでも「大丈夫」と言ってしまうのだ。

 赤子でも見破れるほど、彼女の嘘は浅はかで、浮わついていて、とても弱々しかった。


「よし」


 絆創膏を貼り、簡単な治療を終えた。


「ありがとう、キヨ君」

「おう」


 再び千保の隣に座った。彼女の弱さは、故意では決して現れない。彼女はいつも望んで誰かに助けを求めようとしないのだ。

 自分には能力があるから。普通の人よりも強いから。そんな思いに囚われて、自身を傷付ける。


 その末に微かに垣間見える弱さは、痛ましくて見るに絶えない。


「なぁ、千保」

「ん?」


 俺は思った。彼女を守ってあげたいと。メガネを外し、真っ直ぐ彼女を見つめる。


「お前、痛いのとか辛いのとか我慢してるだろ。バレバレだぞ」

「え、えっと……」

「無理に我慢してるのを見ると、こっちまで辛くなるんだよ」

「……ごめん」


 彼女の瞳が微かに涙ぐんでいるように見えた。少々説教口調に近い形で言ってしまったかもしれない。


「あ、いや……それは別にいいんだけどさ……」


 すぐに傾いた彼女の心をフォローしなければならない。それと同時に、ここに来た目的を思い出した。そうだ、俺は千保に思いを伝えるんだ。言え! 俺!




「お前はそれでいいんだよ。だって、その……」


 ガシッ

 俺は千保の手を握った。とても小さなその手は、誰よりも強くて、誰よりも弱い。だからこそ、決して傷付けるわけにはいかない。俺は守るという誓いを固めるため、強く優しく握った。


「お前は……お、俺が……守るから……」

「え?」

「お前をいじめる奴とか、苦しめたり悲しませたりする奴とか、お前に害を成すもの全部から、守ってやる」

「はぁ……」


 俺は千保の瞳を見つめながら、ここまでの軌跡を振り返った。千保への告白を認めてくれた律樹さん。まっすぐに恋心を応援してくれた光さん。絶好の告白場所を提供してくれた詩音さん。


 優しい人々のおかげで、ここまで来れた。


「俺、お前にすごく感謝してんだ。今まで助けてくれたこと。本当にありがとう」

「う、うん……どういたしまして?」


 そして、自分の命を救ってくれた千保。彼女がいるからこそ、今の自分がいる。これから先の人生において、どんな辛いことが待ち受けていようとも、千保と一緒なら乗り越えられそうな気がした。


「今度は俺がお前を助ける番だ」

「キヨ君……」


“行け! 俺!”




 お互いに見つめ合う俺達。俺は唾を飲み込み、思い切って伝えた。






 バーン




「千保、俺はお前のことが好きだ。俺と付き合ってくれ」


 夜空に特大の美しい花火が打ち上がった。俺が身を振り絞って思いを伝えたことを祝福するように。やった。見事自分の恋心を打ち明けることに成功した。


「キヨ君……」


 花火に照らされ、千保のきょとんとした顔が見える。彼女の成す顔全てが、俺の目には美しく見えた。


「千保……///」


 互いに名前を呼ぶ。その後に続く沈黙を敷き詰めるように、何度も花火が朱雀大西神社通りの上空に華咲く。ドンドンという花火の弾ける音が、早まる心臓の鼓動のようだ。


「えっと……」


 突然の告白に戸惑いながらも、千保は返事を繰り出した。








「ごめん、今なんて?」

「……は?」


 千保は首をかしげた。いつものようにからかおうとしているわけではない。純粋な疑問を突き付けている。


 え? 何だ? どういうことだ?


「さっき『今度は俺が助ける番だ』みたいなこと言ってたよね。あの後なんて言ったの? 花火に遮られちゃって、うまく聞こえなかった」

「え……」

「それで、なんて言ったの?」


 千保の態度から、本当に俺の言葉を聞き取れなかったようだ。それも、肝心の告白の部分である。予想以上に花火の音は大きかった。俺は彼女から手を離した。


「……」


 マジか……やらかした。花火が打ち上がるのと同時に告白してしまった。運悪くタイミングが重なり、彼女に思いは届かなかった。嘘だろ、恥ずかし過ぎる……。


「キヨ君?」

「……何でもねぇ」

「え?」


 俺は恋心に蓋をした。ここから改めて告白するなど、俺の勇気にはまだまだハードルが高かった。


「何でもねぇ!」

「またキヨ君の『何でもない』が出たよ。ほんとにどうしたの~?」

「何でもねぇっつったら何でもねぇんだよ! いいから花火見て楽しむぞ!」

「変なの。まぁ、そうだね。楽しもっか♪」


 もはや『何でもない』を貫くしかなかった。改めて空を見上げる。今度は慰めのつもりだろうか。色とりどりの閃光を纏った花火が、次々と開いていった。


 夏祭りを楽しんでいた人々は、それぞれ足を止め、咲いて散る華の美を楽しんだ。 


「綺麗だね……」

「あぁ……」


 俺の心は決して折れなかった。思いは伝わらなかったが、こうして二人で過ごす時間が幸せなことに変わりはない。いつかきっとでいい。世界最高の幸せを手に入れた時にでも、さりげなく伝えよう。


 俺は二人きりでみられる夏の風物詩を、思う存分楽しんだ。








 私はキヨ君の横顔をちらりと観察する。自分の頬がわずかに火照っているのがわかる。


「どうした? 千保」

「何でもないよ」

「え?」

「ふふっ、キヨ君の真似♪」


 そして再び空を見上げる。どこか不器用な私達の夏は、消えた花火と共に幕を閉じた。


















 言えないよね。ほんとは聞こえてたなんて……///


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