第32話「夏祭り」



 時間はかなり飛んで翌日の午後6時。朱雀大西神社とその前の大通りは、多くの屋台で賑わいを見せていた。清史達は朱雀町の浴衣のレンタル屋に来ていた。


「レンタル屋とかあんのか」


 パンフレットでも取り上げられている通り、スザク島の夏祭りはライフ諸島でもかなり有名な催し物らしい。盛大に味わうため、観光客や島民用の浴衣の貸し出しを行う専門店も用意されてるほどに。


 清史は身に纏った黒い厚地の浴衣を撫でる。今まで浴衣を着た経験などない。さらさらとした生地がくすぐったい。


「清史君お待たせ~」


 光と律樹がカーテンを広げて戻ってきた。二人もそれぞれお似合いの浴衣を身に纏っている。


「お二人とも似合ってますね」

「えへへ~、ありがとう♪ 清史君もイケてるよ!」


 律樹が胸元を撫で回している。彼も初めての浴衣に戸惑っているようだ。


「リッキーどうしたの? リッキーも十分似合ってるよ」

「そ、そうか……///」

「何赤くなってんの?」

「なってねぇよ……///」


 律樹がからかわれた子どものように、赤く染まった頬を腕で隠す。


「ねぇ、私はどう?」

「似合ってる」

「だよね~、似合ってないに決まって…………え?」


 今、確かにボソッと呟いた。『似合ってる』と。今まで清史や光を貶すことしかしなかった律樹が、初めて素直に相手を褒めた。光はきょとんとした表情で律樹を見つめる。


「に、似合ってんの……?」

「だからそう言ってんだろ。何度も言わせる気かよ……///」

「え、あ……その……ありがと……///」


“あぁ、そういうことね……”


 互いに羞恥心で湯気を沸き立たせる二人を見て、何となく悟った清史。歳を重ねると、好意を素直に伝えることも恥ずかしくて困難となるらしい。


「律樹も普段からそれくらい素直でいればモテるのに……///」

「うっせぇ……///」


 光が地味に律樹呼びに変わっていることから、二人の両想いは明確だった。


「お兄ちゃんって妹の恋愛沙汰にはあれこれ言うくせに、自分の恋には疎いよね」


 次に詩音が戻ってきた。彼女のオレンジをベースにした向日葵柄の浴衣も実に美しかった。長い髪を纏め上げていて、色気は十分だった。


「ち、違ぇよ詩音! 俺は別に!///」

「そうそう! 私は律樹のことなんか!///」


 あからさまに動揺する律樹と光。日頃からからかわれている分のお返しだろうか。何とも色恋には疎い人達だ。




「……おまたせ」


 そして、待ちに待った千保の浴衣が披露された。


「おぉ……///」


 彼女の浴衣にも、大胆に水色の向日葵が描かれていた。着なれないため、姉のデザインと合わせてもらったのだろう。

 紺の帯もスッキリと巻かれ、彼女の魅力的な体つきを引き立たせている。全体的に青で揃えられた爽やかな色彩が、彼女のおしとやかな人情を表している。


 概ねそのようなことを、清史は出来損ないの観察眼で感じた。


「キヨ君……どうかな?」


 彼女は真っ先に清史に感想を尋ねた。同じ女性である光や詩音ではなく、自分に余計な程に気を配る律樹でもなく、清史にだ。


「えっと……大胆な水色の向日葵が……その……///」


 今更褒め方に難を覚える清史。女性の着こなしを褒める際は、研究者の見解のように熱弁をしなければならないのだろうか。細やかに、詳しく、より正確に。


「キヨ君?」

「……」


 清史は一旦深呼吸をした。そうだ、複雑な感想を述べなくてもいい。先程の律樹のように、率直な意見を口にすればいいのだ。


「すげぇ似合ってる。可愛いよ……///」

「ありがとう……キヨ君もカッコいいね、その浴衣……///」


 全員の浴衣をしっかり見届けたことで、早速神社に向かった。






「わぁ~! 屋台いっぱいだ~!」

「おい、走るなよ」

「だって夏祭りなんて久しぶりなんだもん!」


 大の大人である光が、真っ先に屋台の立ち並ぶ大通りを駆けていく。浴衣を披露した際の可愛らしさは、どこに行ってしまったのだろうか。


「うぅぅ……やっぱり浴衣って慣れないなぁ。歩きにくいし、すごく視線を感じる……///」


 詩音はしっかりと恥ずかしさを感じており、兄の背中に身を隠しながら歩いていた。むしろ詩音の方に大人の色気を感じる。案の定女性陣の浴衣に、道行く人々は目を奪われていく。


「キヨ君、何がほしい? かき氷? たこ焼き? それとも焼きそば?」

「食い物ばっかかよ」


 細身の体に似合わず、意外と食い意地のある千保。しかし、そんなアンバランスな一面からも、なぜかいとおしさを感じてしまう清史だった。




「清史」

「はい?」


 突然律樹が呼び止め、手を差し出す。その手には五千円札が握られていた。


「お前にやる」

「え? なんで……」

「これで千保と旨いもんでも食ってこい。俺は光と詩音見とくから。二人で楽しんでこい」

「……」


 清史は律樹の優しさに感動した。初めて合間見えた頃とは、態度が大違いだ。自分のことを心の底から信頼していることが伺える。律樹もようやく素直になれたみたいだ。


 やはり、トラベルハウスはとても居心地がいい。温かい場所だ。


「ありがとうございます」

「千保のこと、しっかり守れよ」






「二人きりなんて、なんかドキドキするね……」

「そうだな……」


 千保もすんなりと付いてきた。清史と二人きりという状況を全くもって嫌がらない。それはそれでありがたいが、こんなにホイホイと男に寄り添われては心配だ。相手が自分で本当によかった。




「あ、千保さんと清史!」


 そこへ、聞き覚えのある気高い声が飛び込んできた。


「未玖留ちゃん!」

「だから呼び捨てにすんなって……」


 未玖留は母親の響花と共に屋台を開いていた。焼き魚の香ばしい匂いが漂ってくる。どうやらナキウオの蒲焼きを販売しているようだ。夏祭りの振興会に呼ばれたのだろうか。


「千保さん浴衣似合ってる!」

「ふふっ、ありがと♪」

「二人共どう? ナキウオの蒲焼き! 美味しいよ!」

「それじゃあ二本もらおうかな♪」

「まいどあり! 600円だよ!」


 未玖留はたっぷりタレに漬け込んだ蒲焼きを、紙皿に乗せて二人に差し出した。焼き加減が絶妙で、うっすらと残った焦げ目が食欲を誘う。清史は早速五千円を使う。


「すみません。騒々しくて」

「いえいえ」

「未玖留、手伝ってばかりいないで、遊びに行ってきてもいいのよ?」

「ダメよ! 私には『ナキウオの魅力をもっとたくさんの人に伝える』っていう使命があるんだから!」


 響花よりも営業に熱を入れている未玖留。あれだけ「動物を料理するなんて、あなた達には道徳心がないの!?」と叫んでいたのに、清史達との関わりもあって随分と変わったようだ。


「あらあら♪」

「まったく……」


 清史と千保も、母親と一緒になって微笑ましく見つめる。




「未玖留ちゃん、前より明るくなってよかったね」

「あぁ」


 ナキウオの蒲焼きを頬張りつつ、人混みの間を歩く二人。奥に進むにつれて、人の数もだいぶ増えてきた。


「……」


 清史は千保の右手が空いていることに気付いた。いつまでも人混みの間を歩くのは辛そうだ。はぐれて迷子になってしまうかもしれない。


「……///」


 清史は自分に言い聞かせた。手を握れ。手を繋げ。手を伸ばせ。


“くっ……行け! 俺!”




「まったく……自然と手を握る勇気も出ないのかい?」

「うぉっ! 拓馬!?」


 突然拓馬が二人の間に現れた。ガンセツウルフで清史と共に、激しい死闘を繰り広げた男だ。そして、何とも生意気な御曹司である。

 彼もまたセクシーな浴衣を着ていた。足元には大会後に巻いていたはずの包帯がない。早くも捻挫は完治したようだ。


「拓馬君も来てたんだ」

「おや、覚えててくれたのかい? 嬉しいねぇ♪ 夏祭りがあると聞いて、滞在時間を延長したのさ。せっかくだから楽しんでおこうと思って」


 彼が口を開くと、なぜか彼の輪郭を囲うように不思議なオーラが輝いて、眩しくて目を反らしたくなる。相変わらず千保への猛烈なアピールを続けている。敗北を認めたはずなのに。


「やっぱり千保ちゃんのパートナーは、僕の方がふさわしいのかもしれないね。ほら、僕だったらこうして堂々と手を取ってみせるよ」


 拓馬は千保の前で紳士的にひざまずき、下から掬うように手を握った。清史は咄嗟に彼の手を振り払い、千保から引き離す。


「おい拓馬、千保に触るな!」

「フフッ、冗談だよ♪ 言っただろう? 彼女は君に託s……いででで!」 


 またまた突然横から人が現れた。ガンセツウルフでも見かけた拓馬の友人達だ。レディをたぶらかす拓馬の頬をつねる。


「拓馬、その辺にしとけ。どうもすみません。うちの馬鹿がご迷惑を……」


 ペコペコと頭を下げる友人達。拓馬よりしっかりしている姿も変わらない。


「デートの邪魔してほんとにすみません! ほら行くぞ」

「痛い痛い痛い! 引っ張らないで! あ、二人共、デート楽しんでぇぇぇぇぇ」


 拓馬は頬をつねられたまま、友人達に連行された。手を降りながら遠ざかっていく。




「……」


 どうやら周りの目からは、二人はデートをしているように見えるらしい。


「行くか……///」

「うん……///」


 改めて意識してしまった。同じ浴衣姿で、二人きりで夏祭りを共に楽しむ男女。これはデート以外の何物でもないのではないかと。


 しかし、清史は千保と、千保は清史と共に過ごす時間が、この世で何よりもいとおしく感じる。それだけは疑いようのない事実だった。


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