第30話「海水浴」



 翌日は祝福したくなるほどの快晴だった。海水浴には絶好の天候だ。海水浴客の肌も、海水や砂浜も、いつになく輝いていた。


「キタ~!」

「海だ~!」

「き、綺麗だぁ~(棒)」


 女性陣はノリノリだった(詩音はややノリ遅れ気味)。果てしなく続く水平線に向かい、大きく叫んだ。返事をするようにザバァと波が立つ。


「元気だな……光は昨日も遊んでただろ」

「今日はみんなで海だもん。どうせならみんなで遊んだ方が楽しいでしょ」

「だよね! みんなで遊ぼ!」


 ハイタッチする千保と光。遊びにも本気になる二人だ。


「さぁ、脱衣場行こ。着替えなくちゃ」 


 光は強引に千保と詩音を引っ張っていく。清史と律樹も一応水着に着替えにいく。




 男性陣は数分で着替えを済ませ、千保達を待つ。


「お待たせ~」


 光と千保が飛び出してきた。詩音も後ろからそっと顔を出す。


「うん、千保も詩音もすごく似合ってるぞ」

「ほんと? ありがとう♪」

「ありがと、お兄ちゃん……///」


 シスコン律樹はすぐさま妹達の水着を誉めた。


「ちょっと、私は?」

「お前は似合ってない」

「はっきり言うな!」


 光は腹いせに、律樹の首に腕を回して締め上げた。しかし、詩音は見逃さなかった。律樹が若干赤く染まった頬を、そっぽを向いて隠しているのを。いつまでも光の前で正直になれない不器用な男だ。


「……」


 清史は先程から氷付けになったように動かなかった。その視線はやはり千保の水着に突き付けられている。


「キヨ君」

「え、あ……えっと……」


 千保に声をかけられた清史。ハッと我に帰る。


「どうかな?」

「えぇ……まぁ、その……似合ってるな……///」

「ありがとう♪」


 顔を反らしつつ、気付かれない程度に視線を戻す。改めて彼女の水着をよく観察する。

 

 千保が着ていたのはレースの付いた青と白の混ざったフレアビキニだった。トップスに付いたボリュームのあるフリルが、胸の大きさを際立たせている。下半身にガーリーな花柄のミニスカートを巻き、スラリと引き締まった体型が特徴的だ。


“か、可愛い……///”


 上から下まで、千保の体を纏う何もかもが、彼女の魅力的な体を輝かせていた。清史の理性を揺さぶるには十分だ。


「キヨ君見つめ過ぎだよ……///」

「あ……わ、悪い!///」


 いつの間にか正面からまっすぐ千保を見つめる体勢となっており、清史はすぐさま後ろを向いた。見つめ過ぎては、自分の中の危ない何かが目覚める気がした。


「この日のために新しい水着買ったんだよね~」

「そうなのか?」

「うん、光さんと一緒に買いに行ったの」


 女性陣の水着は新しく新調したものだった。いつの間に購入したのだろうか。


「キヨ君に見てもらいたくて……」

「そ、そうか」


 お互いに恥ずかしく、顔を合わせられない二人を見て、光は口元を緩めながらニヤつく。


「よしよし、いいぞいいぞ~」






 パンッ


「はい! お姉ちゃん!」

「きゃっ」


 早速砂浜に繰り出す一行。千保と詩音はビーチボールでバレーを始めた。千保の唐突のジャンピングボレーシュートに、びっくりして受け止め損ねる詩音。ビーチボールがパラソルの方へ飛んでいく。


 バシッ


「んが!?」


 飛んでいったビーチボールは、パラソルの日陰で寝ていた律樹の顔面に直撃する。


「www」

「おい清史、今笑ったろ」

「笑ってません」


 律樹が倒れる様があまりにおかしく、吹き出してしまった清史。律樹に睨み付けられるより前に、瞬時に目を反らしてごまかす。


「お姉ちゃん下手くそ~」

「だって運動苦手なんだもん……」

「手加減して能力使わないであげてるのに」

「使わなくても千保に勝てるわけないでしょ!」


 加藤姉妹の微笑ましい会話が聞こえる。起き上がった律樹は、ビーチボールを詩音へと手渡す。


「お兄ちゃん、敵討ちして……」

「すまん、俺も千保には勝てる気がしない」

「あぁ……」


 清史と光はパラソルの日陰から、加藤三兄妹の仲睦まじい様子を眺めていた。


「リッキー、妹だけには優しいのよねぇ」

「……」

「清史君?」


 光は清史の顔を覗き込む。清史は再び動こうとせず、一点をじっと見つめていた。その視線はもちろん千保に釘付けだ。光は全てを察した。


「やっぱり……清史君、千保ちゃんのこと好きでしょ?」

「うえっ!? え、な、なな何い言ってんすか! お、俺がちちちち千ほほ千保のこと、すっ、すすす好きなんて、え……そ、そんなこと、あっ、あ、あるわけ……あっ……///」


 清史は茹でダコのように顔を真っ赤に染め、あからさまに動揺した。もはや誰の目でもわかるほど、清史の恋心が浮き彫りになっていた。


「清史君、落ち着いて」


 光は清史の肩に手を乗せた。清史は落ち着いて深呼吸をする。


「いいじゃない、別に好きでも。君くらいの青少年なら、恋の一つや二つしたいお年頃でしょ」

「はぁ……」


 光は律樹のように、清史が千保と馴れ馴れしくするのを拒まない。むしろ純粋に応援してくれている。その優しさにあやかり、清史は心に秘めた計画を明かすことにした。


「俺、明日の花火大会で千保に告白しようと思うんです」

「告白!? いいわね~! 清史君も男になったじゃない♪ 私も応援するわよ!」


 ノリノリで賛同してくれた。肘をバシバシと清史の肩に当てる。絵に描いたような予想通りの反応で助かった。


「でも、やっぱり律樹さんが許してくれるかどうか……」

「え、そこ気にしてんの?」


 最大の不安要素が律樹だ。あの重度のシスコン男が、妹への告白を素直に認めてくれるとは思わない。高確率でダメ出ししてくるだろう。


「律樹さんに許可もらった方が……いや、絶対ダメって言うだろうなぁ。でも……」

「もう……諦めちゃダメよ! やる前から弱気になってどうすんの! グチグチ悩んでないで、言うだけ言ってみなさい!」

「は、はい!」


 光が清史の腐りかけた根性に活を入れた。元々自分の存在を否定的に捉えてしまっていたが、告白する前からそんな弱気になっていては、上手くいくこともいかなくなる。




「はぁ……歳をとると疲れるのが早ぇな……」


 律樹が戻ってきた。清史は頬を叩き、立ち上がる。大変気が引けるが、千保に思いを伝えるためだ。頭を下げる覚悟を決めた。千保は詩音とのバレーボールに夢中になっている。伝えるなら今だ。


「律樹さん!」

「何だ?」

「お願いがあります……」


 清史は勢いよく頭を下げ、断られたら自分の人生が終わるような、自分の築き上げた物語が崩壊するような、そんな覚悟で懇願した。



“さぁ、言え! 俺!”




「俺……千保のことが好きなんです! あいつに告白してもいいですか!?」

「ダメだ」




   KMT『幸せの旅路』 完




「おい作者! 本当に終わらせんな!」

「リッキー、いい加減認めてあげなよ」


 清史の頼みを即答で断った律樹。固い表情を浮かべながら続ける。


「生半可な気持ちで言うな。千保は渡さん」


 まるで箱入り娘を守る父親のように、ドシンと構える律樹。難攻不落の大要塞だ。もはや千保へ告白するよりも、律樹に許可を得ることの方が困難に思えた清史だった。


「リッキー、知ってるでしょ? 清史君がこれまでどれだけ千保ちゃんのためを思って行動してきたか」


 律樹はこれまでの清史を振り返る。自分がを伝えた後、千保は家を飛び出した。

 しかし、清史という男と知り合ってから帰ってきた千保は、いつもの笑顔に戻っていた。どうやったかは知らないが、清史が絶望に苛まれた千保を元に戻したのだ。


「……」


 もしかしたら、清史は千保を残酷な運命から救う鍵になるかもしれない。




「ふぅ……汗かいちゃった」

「疲れた……」


 そこへ、ビーチバレーを終えた千保と詩音が戻ってきた。


「ねぇねぇ、キヨ君も遊ぼうよ」

「お、おう……」


 千保が介入しては、告白云々の話は一旦中断だ。律樹を横目で伺いながら、清史は千保と海の方へ駆けていった。止めに入らない様子から、一応二人で遊ぶことだけは認めてくれたようだ。


 しかし、告白の件は一向に認めてくれる気配はない。このままでは思いを伝える機会を失ってしまう。想い人に手を引かれながら、清史は途方に暮れるのだった。


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