第29話「願い事」



「島が見えたよ~」

「綺麗ですね~」

「やった~!」


 柵から身を乗り出し、前方に見えるスザク島を臨む千保達。浮かれたテンションは当日になっても収まらなかった。清史と千保の怪我が完治した一週間後に、一行はキオス島を発った。


「お前らわかってるだろうな」

「わかってるわよ。代わりばんこで宝玉の情報を聞き込みでしょ」


 海水浴を楽しみたいという女性陣の願いを聞き入れ、島では海を楽しむグループと宝玉探しグループに別れようという計画が立った。




 一行はスザク島に降り立ち、ホテルに向かった。前の二つの島の反省を活かし、ホテルは二人の怪我が完治してすぐに予約した。ギリギリ空いていたオーシャンビューの部屋があって助かった。


 ホテルに荷物を置き、近くのビーチに寄った。


「おぉぉぉぉ~!」


 パンフレットで見るよりも更に美しい海が広がっていた。走り回る海水浴客に遮られながらも、海は太陽の光を受け取ってキラキラと輝いていた。


「んじゃ、くじ引きで決めるぞ~」

「は~い」


 律樹がスマフォでくじ引きアプリを起動した。清史、千保、律樹、光、詩音の五人のうち、誰が宝玉を探し、誰が海水浴を楽しむか。


「赤が宝玉探しで、青が海水浴な。それじゃあ……」

『せ~の!』


清史:赤

千保:赤

律樹:赤

光:青

詩音:青


「わ~い! 海水浴だぁ~♪」


 綺麗に前半と後半で分かれた。光がスマフォに表示された結果を見て、砂を弾き散らしながら跳び跳ねる。既に旅の目的の85%ほどが海水浴に侵食されている。同じく海水浴組の詩音は浮かない顔だ。


「いいんですかね……」

「いいのいいの! リッキー、宝玉の方よろしくね」

「じゃあ……ごめんね、お兄ちゃん」

「いいよ、楽しんでこい」


 律樹は詩音の頭を撫で、背中を押して光のところへ送った。






 清史達は宝玉探しだ。毎度のように町の方へ出て、島民に聞き込みを行う。


「詩音の水着姿見たかったな……」

「え……」


 道中、律樹が無意識に呟いた。千保は兄の衝撃的な発言に寒気を覚えた。妹の水着姿に欲情するつもりだったのだろうか。


「……」


 清史は千保の顔を見つめる。律樹に倣って、何となく千保の水着姿を想像する。あのくじ引きで千保と一緒に青を引けていたら、今頃水着姿の千保と海を堪能できたのだろうか。


「千保の水着姿見たかったな……」

「え……」


 清史の口からも、思わず本音が溢れてしまった。


「キヨ君……」

「あっ」


 清史の顔をまじまじと見つめる千保。反応に困っているようだった。清史は遅くも慌てて口を手で押さえた。これでは律樹と同類だ。変態だ。


「な、何でもない! 気にするな!」

「そう……」


 見苦しい言い逃れだ。しかし、千保はそれ以上追求するのをやめてくれた。清史は別の方向へ思考を働かせる。


“そうだ、どうやって告白するか考えよう!”


 清史は告白の計画を考えた。そう、清史はこの島で千保への告白を狙っている。


 先日パンフレットで見た通り、スザク島の一押しイベントである花火大会。そこで思いを寄せる人に告白し、成功したという事例がわんさか出ている。清史もその縁起にあやかることにした。


“人気のないところへ千保を呼び出し、花火が打ち上がったタイミングで一気に思いを伝える……そんな感じか?”


 スマフォでスザク島の地図を確認した。花火が打ち上げられる会場と、それが見やすい穴場を探した。


「キヨ君、何してるの?」

「あ、いや、だから何でもないっつ~の!」

「ん~?」


 今隣からくりりんとした瞳で見つめてくる、小動物のような愛くるしい美少女に告白するのだ。この計画は絶対に本人に知られてはいけない。

 しかし、隠し通せるかどうか不安だ。それ以上に、彼女にしっかりと思いが伝えられるかどうかも。




「何だここ」

「朱雀大西神社。夏祭りの会場だよ」


 千保は清史と律樹を神社に連れてきた。神社の境内とその周りの小道は、屋台のテントを準備する人々で溢れかえっていた。祭りは二日後だ。


「なんでここに来たんだ?」

「せっかくだからお参りしてこうと思って」


 清史達は境内に足を踏み入れた。


「ここにもシマガミってやつがいるのか?」

「かもしれないよ。シマガミ様に宝玉が見つかりますようにってお願いしよう」

「まぁ、神社は神様を奉る場所だもんな」


 千保に手を引かれ、賽銭箱の前に並ぶ列の最後尾へと向かう。






 その三人の様子を、上空から見下ろしている者達がいた。


『出世……富……天罰……。まぁ、なんて人間の欲は醜いのでしょう』

『おっ、彼らが来たぞ』


 赤と黄の混じった炎を身に纏う巨大な鳥……朱雀だ。そして、尾の長い巨大な赤竜。二匹は神社に願いを唱えに来た人間達を眺め、各々心に秘めた願いを見透かす。人々はその視線に気付かない。


『あの少女……彼女が例の?』

『あぁ、宝玉を集めている少女だ』

『じゃあ、横にいるのは、あなたが宝玉を与えたという少年ですか?』

『そうだ』


 竜と朱雀は賽銭箱に立つ清史と千保を、品定めするように眺める。この竜は、キオス島で清史に宝玉を与えたあの赤い竜だった。


『どうしてそんなことをしたのですか?』

『特に理由はないさ。まぁ、ただの偶然かもしれんが、あの時私を呼び出す条件を満たした彼に、全てを賭けてみたくなってな』

『ふむ……で、今回も彼らに無条件で宝玉を与えよと?』


 朱雀は竜に尋ねた。竜が清史に宝玉を授けたのは意図的だった。かなり清史に対して心を許している様子だ。竜は朱雀に無条件で清史達に宝玉を与えよと命じてきた。


『必要ないと思います。そのうち天然の宝玉の在処を突き止めるでしょう』

『確かに、ミズシロ島の時のようにそうなるかもしれんな。だが、お前は知らないかもしれないが、彼らの頑張りは今までずっと見てきた。たまには楽させてやるのもいいじゃないか』


 朱雀は千保の願いを覗いた。彼女が望んでいたのは、やはりスザク島の宝玉だった。


『まったく、あなたは辛辣なんだか甘いんだか……』

『タイムリミットも迫っている。少々心苦しくなってきてな。ここまで頑張って集めてきたんだ。今回くらいは人間の願いを直接叶えてやれ』


 朱雀は竜に説得され、神々しい翼を羽ばたかせ、地に降りた。


『おや……?』


 朱雀は偶然にも、清史の頭の中の願いまで見てしまった。深刻な顔で手を合わせて願っていたのは、千保への告白が成功することだった。


『やれやれ……』


 朱雀は二人の願いを汲み取った。




「……ふぅ」

「キヨ君は何をお願いしたの?」

「何でもねぇ」


 清史は聞いてきた千保を置いて、賽銭箱から去っていく。


「さっきから何でもないって言ってばっかりだよ。どうしたの?」

「何でもねぇっつったら何でもねぇんだよ!///」

「あ、待ってよ~」


 千保は彼の背中を追いかけた。




 ゴロッ


「ん?」


 千保の爪先が何かを蹴飛ばした。視線を下に落とし、地面に転がっていたものを拾う。


「これ……」

「え、まさか!?」


 律樹は千保が拾ったものを目にした瞬間、リュックから文書を取り出す。宝玉の絵が書かれたページを開いて見比べる。


「間違いない! スザク島の宝玉だ!」 

「えぇ!?」


 驚いて声を上げる清史達。千保が見つけた黄色い輝きを放つ鳥の羽のような形の石は、正真正銘スザク島の宝玉だった。


「え、でも……さっきまで地面に何も落ちてなかったぞ?」

「なんか、今回はあっけなく見つけちゃったね(笑)」


 清史は地面を見渡す。先程まで宝玉らしき物体はどこにもなかった。しかし、祈りを終えた途端、誰かが足元に添えたように現れた。




バサッ


「ん?」


 大きな羽音が清史達の耳に飛び込んでくる。音のする方へ顔を向けるが、何もいない。しかし、一瞬と呼べる時間……ほんのわずがではあるが、大きな鳥のような動物が頭上で飛んでいたのがうっすら見えた気がした。


「今のは……」




『これでいいですか?』

『あぁ。でも、あの少年の願い事も叶えたのか?』


 仕事を終えた朱雀は、竜の元へと戻った。


『いいえ。その代わり、二日後の島の天気を快晴にしておきました。これで夏祭りは行われるでしょう。花火大会も無事予定通り……』

『なるほど、悪天候だと中止になるかもしれんしな』


 二匹の真下で、清史は首を降って違和感の正体を探す。二匹の姿はもう清史には見えないようだ。告白の決意が、清史の心の中でぎゅっと固まって見えた。


『君もなかなかのお人好しだな』

『あなたに言われたくないですよ』








「えぇぇぇぇ!?」


 ホテルの一室で、光はスザク島の宝玉を手に取って驚きの声を上げた。


「もう見つけちゃったの!?」

「うん。なんかよくわかんないけど、神社でお参りしたら、足元にあった」

「何それ……ほんとによくわかんないね」


 詩音が文書の絵と手元の宝玉を見比べる。何度確かめても、本物の宝玉に間違いなかった。


「もしかして、シマガミさんがサービスしてくれたのかもね?」


 千保が冗談混じりに呟く。事実とは知らずに。とはいえ、これで早くも今回の旅の目的は達成だ。


「え……じゃあ、これで第四章スザク島編終わりってこと?」

「おい」


 驚きのあまり、メタ発言をしてしまう光。律樹が焦って光の口を手で塞ぐ。


※まだ続きますので、ご安心ください。


「でも、これで思う存分遊べるね♪」

「お、おう……///」


 千保は清史に微笑みかける。彼女の笑顔はいつも可愛くて、清史のガッチリとした理性を難なく揺さぶる。


「そうね。目的は達成できたことだし、明日は何も考えず遊びましょう! いいでしょ? リッキー」

「あぁ、好きにしろ」


 堅物の律樹も認めた。明日は宝玉のことをきっぱり忘れ、海水浴を楽しむことにした。


“ついに……千保の水着が……///”


「キヨ君?」

「な、何でもない!///」

「また『何でもない』だ……」


 千保の水着が楽しみ過ぎて、すぐに視線が彼女の方へ向かっていってしまう清史だった。


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