第4章「スザク島」

第28話「スザク島」



 キオス島に戻った清史達。ほぼ飛び入りのような状態で大会に出場したため、激しくこき使った筋肉が悲鳴を上げた。一行は数日間頑固な筋肉痛と戦った。


 そして痛みも惹いてきた頃、律樹はガンセツウルフで手に入れたトロフィーに手をつける。


「よし」


 ウィィィィィィン……

 仕事場の高速切断機を借り、トロフィーに取り付けられた装飾品、もとい宝玉を切り離す。


「いくら宝玉を外すためとはいえ、せっかくもらったトロフィーを切断機にかけるって、ちょっと気が引けるわね……」

「まぁな」


 ガッ

 高速切断機は火花を散らしながら、トロフィーから狼の牙を切り離した。






「これで宝玉は3つそろったな」

「そういえば、あといくつ集めないといけないんだっけ?」


 光が車を運転しながら、助手席で宝玉を撫でる律樹に尋ねる。律樹は文書を確認する。


「この文書には、全部で12種類書いてある」

「てことは、あと9個? 先は長いわね……」

「いや、違う」

「え?」


 律樹はライフ諸島の観光客向けのパンフレットを取り出し、文書と合わせて説明する。


「そもそもライフ諸島の島は全部で5つなんだ。なのに文書には12種類の宝玉が記されている。島1つにつき、宝玉は1種類のはずなのに」

「何それ、それじゃあ全種類の宝玉集めるなんて無理じゃない?」


 観光客向けのパンフレットには、キオス島、ミズシロ島、ガンセツ島、スザク島、キノエ島の5つの島でライフ諸島が成り立っていると紹介されている。しかし、文書には12個の島と12種類の宝玉が載っている。


「気になって調べたんだが、ライフ諸島は昔は全部で12個の島があったそうだ。それが天変地異の連続で島がどんどん沈み、長い年月をかけて今の5つになったんだとよ」

「そういえば、その文書も沈んだ島の跡から見つけたって、千保ちゃんも言ってたわね」


 公に明かされた島の情報と、文書の情報が合致しないのはそのためだった。天変地異の連続という、奇跡のような悲劇のような偶然が重なり、ライフ諸島の島々は数を減らしていったのだった。


「なんで島は沈んだのかしら……」


 まるで戦争によって滅んだ国の歴史を見たような、ベトベトした虚しさが二人の心に巻き付いた。ひとまず意識を宝玉の話に戻す。


「だから、集めるのは今存在する島の宝玉だけで十分のはずだ。つまり宝玉は全部で5種類。残り2つだな」

「お~、そう考えると楽かも♪ 残り2つ……この旅も折り返しってわけね!」


 光はテンションが上がり、車のスピードを上げた。二人はそそくさと帰宅し、すぐさま次の島へ行く計画を立てることにした。




芳堂ほうどう~、芳堂宗光ほうどう むねみつをよろしくお願い致します~』


 すると、光の車のそばを一台の選挙カーが横切った。拡声器で出馬者の名前と政権公約を叫んでいる。


「そういえば、もうすぐ貴緒須町の新しい町長選の時期ね」

「そうか。でもまぁ、今回も芳堂さんで決まりだろ」


 芳堂宗光ほうどう むねみつは、律樹達が暮らす貴緒須町の現町長だ。そして、出馬者の中で最も町民の支持を集めている。何となく彼が引き続き町長の座に留まる未来が、彼には予測できた。


「……」


 律樹は遠ざかる選挙カーに描かれた、宗光の凛とした表情を横目で見つめた。






「次の島はスザク島だ」


 家に戻った律樹と光。千保達と共に次の旅の計画を練る。スザク島はガンセツ島から西南に24km離れた沖合に位置するリゾート島だ。


「スザク? それって鳥の朱雀すざくのこと?」

「かもな」


 朱雀とは中国の伝説上の神獣で、青龍せいりゅう白虎びゃっこ玄武げんぶと並べて語り継がれる「四神」の一つである。一般的に赤い羽毛で覆われた鳥の姿をしていると言われている。 


 馬鹿な清史は知らないであろうから、ここで説明しておく。


「おい!」

「清史君どうしたの?」

「あ、いや何でもない」


 バーカバーカ。


「もしかしてあれかな? シマガミが朱雀の姿をしてるとか」

「だろうな。島に降り立ったばかりの開拓者が、この島で朱雀のような神々しい鳥を見たっていう噂があるらしい。それでスザク島って名前が付いたそうだ」


 その開拓者が見たものは、間違いなくスザク島のシマガミだろう。今まで確認したように、ライフ諸島の島々にはそれぞれシマガミがおり、島の守り神として働いている。


「それじゃあ、あの時俺が見たのも……」


 奇跡か偶然か、清史は今までシマガミの姿を目撃し続けている。キオス島で会ったあの赤い竜も、きっとキオス島のシマガミだったのだろう。どんな理由で清史の前に姿を現したのかは、まだわからないが。


「わぁ~、すご~い」


 光はライフ諸島の島ごとの紹介ページをめくり、スザク島の特集に釘付けになった。止めたページには、とても美しい海辺と水着の観光客の写真がずらりと並んでいた。


「海水浴ができるのね!」

「あぁ、スザク島はライフ諸島の中でも、特にリゾート感がすごいらしいからな」

「見てみて! この時期には夏祭りに花火大会もあるって!」


 光が浴衣姿の観光客の写真を指差す。夏祭りに浴衣を着て、屋台を楽しんで花火を見る。夏の風物詩の贅沢コースである。


「浴衣着てみたいな~♪」

「三十路を越えた熟女が何言ってんだ」

「あぁん?」


 眉間にシワを寄せ、律樹の頬をつねる光。年齢に関する話題で貶すと、女は般若になるらしい。清史は伸びた律樹の頬を見て肝に命じた。女はなるべく怒らせてはいけないと。




「ふぅ~、さっぱりしたぁ~」


 風呂場に行った千保と詩音が戻ってきた。清史達がスザク島の旅の計画を練っている間、二人は風呂に入っていた。

 

「わぁ~、浴衣可愛い♪ あ、海も花火も綺麗だね~」


 千保が頭から湯気を立たせながら、パンフレットの写真に飛び付く。今回も女性陣は旅の目的から逸れた事柄に夢中だ。彼女達のきらびやかに輝く髪と火照った肌が、清史を欲情させる。


 浴場から出てきて欲情させる。なんちって(笑)。


「……///」

「どうしたの? キヨ君」

「な、何でもない!///」


 千保と目を合わせづらくなる清史。彼女が視界に映るだけで、連動したように心臓の鼓動が早くなって抑えられなくなる。




 それもそのはず。清史は自覚してしまったのだ。千保への恋心を。






「……」


 清史は寝室でライフ諸島のパンフレットを眺めつつ、彼女への恋心をどう処理するか悩んでいた。このまま恋心を抱えながら生活していては、千保とまともに接することができない。

 もう彼女を今までのように、ただの旅の仲間として見ることができないのだ。清史は考えていた。自分の命を救い、素敵な旅に連れていってくれた彼女に恩返しがしたいと。


「……あ」


 清史はスザク島の観光客の口コミが書かれたページを見つけた。星5つの評価と、『海水浴最高でした』『海が綺麗で素敵』『ザ・南国リゾートって感じ』などのコメント。

 そのコメントの中に、一際目を吸い寄せられる一言があった。




『この島の花火大会で告白して、好きな人と付き合えました』




「……」


 その一言を見た途端、清史は問題の満点解答のような、最適解を見つけた感覚を覚えた。思いを抱えたまま苦しむくらいなら、打ち明けてスッキリさせてしまえばいい。


 清史は千保への告白を決意した。それが彼女への最大の恩返しかもしれない。


「やるぞ」






 時間は流れて翌日。律樹達が宝玉やスザク島の情報を調べる時でも、清史は千保への告白で頭がいっぱいだった。共に計画を練る間も、彼女に悟られぬように振る舞った。


「ねぇねぇ詩音ちゃん、今度新しい水着買いに行こうよ~」

「えぇ……水着ですか……」

「だって、昔よりは胸大きくなったでしょ?」


 ムニュッ


「ひゃっ……///」

「あ、水着は恥ずかしいかな?」

「お姉ちゃん昔から恥ずかしがりやだもんね~」

「そうだ、夏祭りだから浴衣も着ないと!」

「お姉ちゃんの魅力的な体なら、きっと似合うよ~」


 千保と光はコンビになり、これでもかというほどに詩音の胸を揉み始める。詩音は二人の滑らかな手つきに飲み込まれ、もみくちゃになる。


「わ、わかった! 着る! 着るからぁ……///」


 突然繰り広げられた性的な戯れ。端から眺めていた清史は、必死に理性を抑えた。ついでに股間も押さえた。


「お前ら目的を忘れんなよ。何のために島に行くんだ」

「海水浴と夏祭り~」

「宝玉を手に入れるだめだよ!!!」


 呆れた律樹のツッコミが、トラベルハウスに響き渡る。


「リッキー、せっかくなんだから夏のイベントを楽しもうよ~」

「ほどほどにな」


 浮かれた女性陣のはしゃぎっぷりを見つめる清史。彼も内心海水浴や夏祭りを楽しみにしていた。何より千保の水着と浴衣姿を待ち望んでいた。


「……///」


 そして、花火大会で仕掛ける告白を。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る