第25話「闘志」



 俺は拓馬がばらまいていった問題用紙を睨み付ける。何だ……一体何が起こってる。明らかに俺達に用意された高難度な問題は、俺達の勝利を妨害するためにすり替えられたものだ。


「こんなの不公平だよね」

「この大会は精々堂々と戦って、みんなが一つになれる催し物じゃなかったの?」


 光さんが文句を言う。大会規定にもそう書かれてあった。だが、俺達の目の前に広がるのは、そんなものが綺麗事にしか聞こえなくなるような不公平な現実だ。


 これから俺達はどうやってゴールを目指せばいいんだ……。




「……あれ?」


 詩音さんが何かに気付いた。拓馬がばらまいたなぞなぞの紙を見て。


「1……2……3……4……全部で4枚だ!」

「それがどうしたんだ?」

「だって、用意された問題が4つってことは、チェックポイントも4つってことだよね? でも私達のは3つだよ」


 律樹さんは地図を確認した。確かに、地図上では3ヶ所しかチェックポイントが用意されていない。チームごとに巡る数が統一されていないことに、俺達は疑問を抱く。巡る数が違えば難易度も変わってくるため、公平な勝負にならないからだ。


「ん?」


 律樹さんは違和感を抱き、一心に地図を見つめた。そして、地図の表面を所々カリカリと指先で掻き始めた。


 ペラッ


「あ!」


 すると、一部分でペラっと何かがめくれた。そこには4つ目のチェックポイントが記されていた。4つ目はシールで隠されて見えなくなっていたのだ。何だよこれ!?


「千保!」

「うん!」


 ビュッ

 文句を言っている場合ではない。千保は急いでチェックポイントに向かった。能力を発動し、脚力を強化して爆速で森を駆け抜けた。


「ただいま! ヒント持ってきたよ!」


 流石千保だ。秒で俺達のところに戻ってきた。チェックポイントに用意された問題の解答も済ませて。


「文字は……『の』だな」


 手に入れた言葉は『き』『う』『え』『の』の4つ。これでようやく全てのヒントが揃った。あとはこれを並べ替えれば、旗の隠し場所を割り出せる。


「えっと……きのうえ……木の上?」


 もはや考えられる答えはそれだけだ。




『どの木だよ!?』


 この場にいる全員が声を揃えてツッコミを入れた。ここは森であり、木なんていくらでも生えている。どの木に隠されているのかわからないじゃないか。また行き詰まりかよ……。


「あぁもう! なんでオリエンテーリング大会まで来て謎解きしなきゃいけないのよ~!」

「このままじゃ拓馬君達にゴールされちゃう……」


 みんな頭を抱えて唸っている。今提示されているヒントだけで、旗の隠し場所を突き止めなければいけないようだ。だが、『木の上』以外に導き出せる解答は思い付かない。完全に行き止まりだ。


 いや、俺も知恵を絞るんだ。どこかにまだヒントが残されているはず。考えろ……考えるんだ!






 あれ? そういえば……。




“私、司会の木上慎太郎きのうえ しんたろうと申します”




「あぁぁ!!!」








 俺達はゴール前にやって来た。たいてい観客や委員会役員、その他関係者はここに集まっているからだ。ゴールにやって来る大会出場者の優勝の瞬間を拝むために。俺達は会場の至るところを探し回った。


「あれ? 木上さんいないなぁ……」

「ていうか、実況の人変わってない?」


 必死に探してはいるが、木上さんの姿がどこにも見当たらない。それどころか、いつの間にか木上さんではない別の人が実況を担当していた。俺達が森にいる間に交代したのか?


「さぁ、真っ先にやって来たのはチーム『トラベルハウス』。しかし、まだ旗を所持していない模様。果たして、一番最初に旗を手にゴールゲートを潜るのはどのチームなのか!?」


 導き出された解答から、木上が旗を所持していると考えられる。しかし、本人は会場に不在。あわよくば彼から旗を受け取り、そのまま近くのゴールにたどり着いて優勝と狙っていたが……。


「また行き詰まりなの!?」

「そんなぁ……」


 こうして行き詰まっている間にも、拓馬達のチームはこちらに向かって進んでいる。まだ来ていないということは、調子にのってのんびり歩いていることだろう。


 一刻も早く木上さんを見つけ、旗を手に入れてゴールに戻らなければ。


「私、森の中探してくる!」

「あ、おい!」


 千保が森へと駆け出した。俺も後を追った。








「千保! 待て!」


 俺は千保の背中に向かって叫んだ。彼女の足取りはおぼつかなく、誰の目からも激しい疲労に見舞われているのが明らかだ。そんなことをお構い無しに、千保は諦めまいと足を進める。


「おい待てって!」

「ハァ……ハァ……」


 呼吸が荒い。これ以上走らせたらまずい。先程から随分と能力を酷使していたため、俺達よりも疲れているはず。彼女は普通の人間だ。能力を持っているからといって、疲れを感じないわけではない。


 体中の筋肉が悲鳴を上げている。これ以上動いたら危険だ。




 ガッ


「あっ!」


 千保は足元の石につまづき、壮大に転んでしまった。俺はすぐにそばに駆け寄った。


「ハァ……ハァ……疲れちゃった……」


 息を切らしながら笑う千保。彼女の屈託ない笑顔が、俺の心にまとわりつく心配を削ぎ落としてくる。


「この能力って便利だけど、連続で発動させるとかなりヤバイんだよね……。今までこんなに重ねて何度も使ったことなかったから……」


 彼女のぐったりとした様子は、死期を悟った病人のようだった。きっと能力を酷使していなければ、ここまで疲れることもなかっただろう。彼女に頼りっぱなしだった自分に、これまで以上の罪悪感がのし掛かる。




「もうダメかなぁ……ここまで頑張ってきたけど……優勝は無理そうだね……」

「え?」


 思いがけない発言だ。千保が勝負を投げ捨てた。


「流石に拓馬君達には負けちゃうかぁ……ははっ、悔しいなぁ……」


 傷だらけの体を引きずって、今まで活躍してきた千保。かなり精神が擦りきれてしまったのか、自分から敗北を受け入れようとしていた。


「千保……」


 時間の進行具合から考えて、そろそろ拓馬達のチームが旗を手に入れ、ゴール付近に現れる頃だろう。まだ旗の場所にすらたどり着いていない自分達が、今から追い抜くことは不可能に近い。


 そう思った千保は、勝負を諦めて笑い出した。


「でも私達にしては頑張った方だよね……宝玉はまた別の方法で何とか見つけようか……」






「……本当に諦めんのか?」


 俺は静かに呟いた。


「俺は負けたくない。今まで頑張ってきたのに、素人ながら必死で突き進んできたのに、こんなところで諦めるなんて嫌だ」


 俺は千保に歯向かった。力でも言葉でも敵わなかった俺は、初めて千保の弱りかけていた心に食らい付いた。


「こんなに気持ちが高ぶったのは生まれて初めてかもしれない。千保、お前と一緒に生活するようになって、俺はたくさんのことを学んだ。たくさんのことを知れた。だからお前と一緒にこの大会で走れて、すごく楽しいんだ」


 生きることに何の意味もないと思っていて、心の底から死にたがっていた俺が、こんなこと言うなんて馬鹿みたいだ。


「楽しいからこそ、今まで続けてきた努力を辞めたくない。言っただろ、やらずに後悔するより、やって後悔する方がいいって」


 でも、なんでだろうなぁ。彼女の願いが絶たれることだけは、どうしても避けたがっている。他人のことなんてどうでもいいはずなのに、千保という人間が絡むだけで、俺の心の中の錆び付いた歯車が動き出す。


 きっとそれが、生きる糧ってやつなんだろう。


「お前は諦めるのか? 宝玉を手に入れて、全種類集めて、世界最高の幸せを掴み取るって決めただろ? だったら諦めないで、最後まで戦おうぜ」


 俺はお前に感謝している。再び俺の芯に灯をともしてくれたこと、本当に嬉しかった。今ならお前が俺の命を救ってくれたのは、必ず何か意味があることだと、心の底から信じれる。だからこうして前向きに走れるんだ。


 俺は千保に手を伸ばした。


「俺は最後の最後まで諦めない。絶対に優勝して、宝玉を手に入れたい。だからお前も、諦めるな……」

「キヨ君……」


 千保は俺の手を掴み、立ち上がる。


「宝玉全部集めて、最高の幸せを手に入れるんだ。やろうぜ、千保!」

「うん、一緒に幸せになろう!」


 千保は正気に戻った。いつものようにのほほんとした態度でも、いつになく弱気になって諦めようとしていた。それが俺の言葉で、完全に目が覚めたようだ。


 よかった、やっぱり千保はこうでなくちゃな。


「ありがとう、おかげで疲れふっ飛んだ。まだ走れるよ」

「あぁ、無理はすんなよ」


 俺は千保の服に付いた砂や泥を払い落とした。相手がどんな強敵であろうと、最後まで戦うんだ。そう、に。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る