第23話「ガンセツウルフ」
「ガンセツウルフに出場する!?」
「そう、その手しかないよ!」
カレーを頬張りながら語る千保。詩音と共に記念館での件を説明する。
「なるほど。その大会に出場して優勝すればトロフィー……もとい宝玉が手に入るってことね」
光が福神漬けを詰めたパックを開けながら納得する。千保はここにいる一同でガンセツウルフに出場し、優勝をかっさらってトロフィーに付いた装飾品であるガンセツ島の宝玉を手に入れようと計画した。
「お前わかってんのか。優勝するって簡単に言うが、オリエンテーリング大会なんだぞ」
しかし、ここで横槍を投げてくるのが律樹だ。どこまでも理屈を第一に物を語ってくる。
「へ?」
そもそもオリエンテーリングとは、地図とコンパスを用いて、設置されたチェックポイントを通過し、ゴールまでたどり着くまでの時間を競う野外スポーツである。走力が肝心となる大会なのだ。
「大丈夫よリッキー、私達には千保ちゃんっていう頼もしいランナーがいるもの」
「この大会はチームプレーだろ。千保だけぶっちぎりで走っても意味がねぇぞ」
「あっ……」
光のスプーンから福神漬けが転がり落ちる。話に付いていけない清史は、とりあえずWikipediaでオリエンテーリングについて調べている。
「まぁまぁお兄ちゃん、絶対無理とは言い切れないよ」
詩音が横からフォローを入れる。
「なんでだ、お前運動苦手だろ」
「うっ……で、でも、さっき記念館で色々見てきたら、この大会は普通のオリエンテーリングとは少し違うみたいだよ」
「違う?」
詩音は改めてガンセツウルフについて説明を始めた。
「開催初期は本格的なスポーツだったみたいなんだけど、回を重ねるにつれて段々参加者が少なくなっていったの。だからルールを簡単にしたり、初心者でも分かりやすいゲーム形式にしたりしてるんだって」
チェックポイントを巡りながらゴールを目指すという点は変わらないもの、ゲーム要素を取り入れることで親しみやすいイベントにしたようだ。毎年どんなゲームになるかを楽しみに、大会に出場する観光客もいるらしい。
これなら千保達も優勝を狙えるかもしれない。
「なるほど、今はスポーツというよりレクリエーションって感じで親しまれてるってことだな」
「そういうこと」
千保はカレーを頬張り、空になった皿をテーブルに置く。
「ガンセツウルフで優勝する。これが一番の近道だよ」
「ほう、君達もあの大会に出場するのかい?」
「え?」
突然後ろから声がした。聞き覚えのある声だ。
「君は……拓馬君!」
「おや、名前覚えてくれてたのかい? 嬉しいねぇ~」
拓馬が視界に映った瞬間、清史の眉が垂れ下がった。昼間に千保に馴れ馴れしく話しかけてきたイケメンボブカットだ。
「拓馬君達もここでキャンプしてたんだ」
「あぁ、もうすぐ開催するガンセツウルフの会場の下見さ。観光ついでにね」
拓馬も仲間達とキャンプ場に来ていた。彼らもチームを組み、ガンセツウルフに出場するらしい。
「あ、君達には悪いけど、優勝は僕達がもらってくよ」
「何だと!」
清史は立ち上がった。どこまでも嫌みのある態度を見せられ、腹が立って仕方がなかった。
「僕達はサバイバルゲームで鍛えてるからねぇ。誰にも負けない自信しかないよ。君達みたいな可愛い子猫ちゃんに譲ってあげられないのがもどかしいけど、優勝は僕達“アルフェリーチェ”がもらっていくよ♪」
拓馬は白い歯を輝かせ、おでこにピースサインを当ててニヤリと笑った。キザな性格が心底ウザい。清史の怒りは増すばかりだ。
「それじゃあね、千保ちゃん」
拓馬は千保に投げキッスを送り、自分のテントへと戻っていった。千保はキョトンとしている。
「誰だあいつ」
律樹が千保に尋ねる。
「白石拓馬君だよ。昼間に知り合ったんだ」
「白石? なんか聞いたことあるな」
「もしかして、白石財閥の子じゃない?」
光がカレーを頬張りながら尋ねた。
「私も聞いたことあるよ。日本中に名を馳せる超金持ちの一家だとか」
「なるほど、御曹司か。どうりであんなに高飛車なわけだ」
彼は名の知れた名家の息子だった。思い返してみれば、整い過ぎたボブカットとキザな性格は、彼のおぼっちゃまとしての風格をより引き立たせていた。
「初対面なのにナンパしてきたんだよ、あの子……」
「何!?」
詩音の発言に、驚いてカレーの具を落としかける律樹。
「私も~。すごく馴れ馴れしかったよね」
「千保もか!? あのクソガキ……」
律樹は怒りで髪が逆立った。ついでにプラスチックのスプーンをポキッと折ってしまった。律樹の極度のシスコンが発動したようだ。同時に心の中で、妹のピンチに駆けつけられなかった自分を責めている。
「リッキー……(笑)」
「別にいいよお兄ちゃん。見たところ悪い人じゃなさそうだし」
「妹をたぶらかす奴にいい人なんかいねぇ」
律樹も我を忘れて怒りに囚われていた。清史も同意だ。千保がナンパされて、無性に腹が立っている。初めて律樹と意見が一致したような気がする。
「でもあの子達、サバゲーで鍛えてるって言ってたわよね。余程運動得意なんじゃない?」
「あぁ、そうだな。俺達みたいな素人が安易に立ち向かって勝てる相手じゃないな」
拓馬達はいかにも実力者という風格を醸し出していた。対してこちらは飛び入り参加の素人だ。いくらレクリエーションに近い大会だからと言って、強敵相手に優勝を狙えるだろうか。
「でも、宝玉のためには頑張るしかないよ。みんなで力を合わせて優勝しないと!」
「本当に優勝できるのか?」
「それは……」
珍しく千保が言い負かされていた。それは、誰の目から見ても、拓馬達の強者のオーラが明らかであるからだ。
彼らの鍛え抜かれた肉体と、対峙する者を圧倒する立ち振舞い。彼らが自分達とは違い、貧弱な一般人ではないことは一目瞭然だ。本気で優勝を狙っていることも。
「うーん……」
光や詩音も、間に入る言葉を見つけられないでいた。
「できるかじゃなくて、やるんですよ」
そこで口を開いたのは、清史だった。
「ここで立ち止まってても仕方ない。ダメ元でやってみましょうよ。やらずに後悔するより、やって後悔する方が断然マシです」
清史もカレーをたいらげ、テーブルに置いて立ち上がった。そして千保に顔を向ける。
「だろ?」
「キヨ君……うん!」
千保も失いかけていた自信を、なんとか拾い直して笑った。
「やろう、みんなで!」
「えぇ、優勝しましょ!」
「ま、他に道はねぇか」
「不安だけど……やるしかないよね」
やる気の灯をともした一同。大会が開催されるまでの三日間、必死に優勝するための作戦を考えた。大会のルールを確認し、キャンプ場の敷地を利用し、体力作りに励んだ。
「例の件はどうだ?」
「はい、既に手配しております」
夜が更けた大会の会場本部で、二人の男が秘密裏に話し合っていた。
「よくやった。これが報酬だ。そちらでうまく分配してくれ」
「ありがとうございます」
大きく膨らんだ封筒を受け取る男。大会が近づくガンセツ島で、小さな陰謀が微かに出場者の首を狙っていた。
「やはりエントリーしてきたか。絶対に優勝はさせないからな……」
* * * * * * *
大会当日、会場には出場者も含め、多くの人々が押し寄せていた。ただのレクリエーションとはいえ、長年続いている伝統的なイベントだ。興味本位で訪れた観光客は、出場者達にカメラを構える。
「すごい盛り上がり様ね……」
「緊張してきた……」
光さんと詩音さんは群衆の迫力に圧倒されていた。俺達のチーム『トラベルハウス』は、会場の受付へと向かう。
大会へのエントリーは前日まで受け付けていた。おかげで俺達も無事出場を認められた。小規模なのか大規模なのかよくわからん。
「思ったより出場者多いね」
千保が他の出場チームを見渡す。ご丁寧にチーム名を記した垂れ幕まで用意してきたチームもいるようだ。
「『焼肉三昧』『西から昇る太陽』『テクノブレイカーズ』……どれもしょうもない名前だな」
明らかにウケ狙いでテキトーに付けられた名前や、スポーツをしに来たとは思えないような軽装。いかにもレクリエーションという雰囲気が出ていた。みんなふざけてるらしい。
しかし、とあるチームを除いて。
「あ、拓馬君達だ」
拓馬率いるチーム『アルフェリーチェ』が受付にやって来た。彼らは高校のジャージを身に纏っていた。彼らのように本気で優勝を狙いに行く連中もまれに現れる。だが、それは俺達も同様だ。
「君達に優勝は渡さない。勝つのは僕達だ」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうぜ」
俺は拓馬と対峙する。互いの眉間に火花が散る。
「ねぇ、一ついいかな?」
「何だ?」
拓馬は俺に尋ねてきた。
「君、名前何だっけ?」
「知らねぇのかよ!」
「だって君、名乗ってなし」
「あ、そうか」
俺はメガネを外し、胸を張って名乗った。
「俺は長谷川清史だ」
「清史君か……なかなか自信があるようだね」
「あぁ、色々勝つために計画したからな」
素人なりに計画を模索したんだ。全てはトロフィーに付いている宝玉を手に入れるため。絶対に優勝は譲らねぇぞ。
「清史君、僕と賭けをしないかい?」
拓馬は清史に耳を傾けるよう促す。
「賭け?」
「あぁ、もし僕達が勝ったら……」
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