第21話「ガンセツ島」
早くも翌日となった。清史、千保、律樹、光、詩音の五人は、フェリーでガンセツ島に降り立った。それぞれキャンプ道具を抱えている。ちなみにフェリーの乗客はこの五人だけだ。
「妹を荷物持ち兼財布として連れていく兄ってどうかと思うよ……」
「本当にすまん」
結局詩音がキオス島の船の貸し出しサービスを利用し、ガンセツ島へ向かうフェリーを一台用意してもらうこととなった。これで荷物運びの手間が軽減した。彼女の財布の諭吉数人を犠牲として。
「詩音ちゃんお金持ちだね~」
「一応それなりに働いてますので……」
清史達は詩音の会社の潤った給料体制に感謝した。彼女自身もかなりのお人好しのようだ。清史は千保と通ずるものを感じた。そっくりな姉妹だ。
「月収どれくらいだっけ?」
「月にもよりますけど、大体(ピー)万円くらいです」
「あれ? 今なんか自主規制音みたいなの聞こえなかった?」
「ははっ、なんかその音が入ると『ピーマン円』って言ってるみたいで面白いね」
「お金の話ってすごく苦いのよ。ピーマンのようにね」
謎の会話を始める女性陣三人組。
「お前ら、メタ発言はそのくらいにして、さっさと行くぞ」
『はーい』
船着き場からキャンプ場までは徒歩5分で着いた。転々と利用客のテントが散らばっている。彼らも清史達と同じくホテルの予約に失敗したのだろうか。
「ここでいいかな。仮設トイレも割と近いし」
「じゃあ、とっととテント立てちまうか」
場所を決めた律樹と光は、早速テントの設営を始める。
「俺達は設営しとくから、お前ら三人で聞き込みに行ってくれ」
「はーい」
清史、千保、詩音の三人は、キャンプ場を出て宝玉の情報の聞き込みに向かった。千保と同じ役割を与えてくれたことを、清史は意外に感じた。
“珍しいこともあるもんだな……”
普段の律樹なら、清史が千保に危害を加えるのを防ぐため、二人を離れさせようとするはずだが。それを気にすることなく、彼女の隣にたたずむ清史を見逃した。
「リッキー、清史君を千保ちゃんと一緒に行かせてもよかったの?」
「……あっ」
ただ忘れていただけのようだ。
* * * * * * *
「全然人いないね」
「まぁ、ここに来る人ってオリエンテーリング大会の出場者か、さっきのキャンプ場の利用者ぐらいだからね」
俺達三人は海沿いの道をまっすぐ歩いていた。島民の通行人をあまり見かけない。やっぱりみんなホテルにいんのか。
「なんか島全体を貸し切りにしたみたいでワクワクするね♪」
「そ、そうだな……///」
千保が俺に微笑みかける。写真に撮っておきたいくらい可愛い。
確かに、他のライフ諸島の島と比べて、この島はあのオリエンテーリング大会くらいしか特徴がないみたいだもんな。歩いてるのは見たところ俺達だけ。閑古鳥が鳴いていそうな静かな島だ。
そういえば、『閑古鳥が鳴く』って言葉は知ってるが、そもそと閑古鳥ってどんな鳥だ? 前にネットで調べたが、カッコウのこととか書いてあったような……。
なんてくだらないことを考えながら、足を進める俺達。何かとんでもないことが巻き起こる前兆なんじゃないかってくらい、静寂が風に乗ってやってくる。本当にここが近々大きな大会が開催される場所なのだろうか。
「ん~、それにしても気持ちいい風♪」
千保の桃色の長髪が風に吹かれて
「ん?」
道の先から人が近づいてくるのが見えた。ようやく人の姿を拝めた。若々しい男達だ。キャンプ場の利用者だろうか。
「んん?」
何だあいつらは。ワックスをガンガンに効かせたツンツンヘアーの男に、一見女にしか見えない小柄な可愛い男、漫画に出てきそうなメガネをかけたガリ勉っぽい男、見るからに好青年の印象を振り撒く背の高い男。どいつも個性が凄いな。
「いやぁ、やっぱりここらへんは潮の匂いが心地いいねぇ~」
そして、真ん中にいるのはボブカットのお坊っちゃま気取りのキザな男。自分の髪を風に靡かせ、高らかに気取っている。
「おや?」
ボブカットの男は、千保を見かけると足を止めた。
「君……可愛いねぇ♪ とても似合ってるよ、その桃色の長髪」
何!? こいつ、堂々と千保をナンパしやがった! 初対面の人間に対してその態度……馴れ馴れし過ぎるだろ。俺は心の底からこの男に怒りを抱いた。しかも普通にイケメンなのが更に腹立つ。
「そう? ありがとう♪」
「いやいやいや」
千保は全くもって動揺していなかった。しかも、誉められたことに素直に感謝していた。お前ナンパされてる自覚あるのか……? 警戒心ゼロの千保も相変わらずだな。
「ちょっと、何ですかいきなり……」
詩音さんは前に出て、千保を背中に隠した。妹をたぶらかされた姉の一般的な反応だ。よかった、どうやら彼女はまともそうだ。
「おや、お姉さんですか。あなたも随分とお美しい……」
「え、あ、その……///」
詩音さんは顎を指先でクイッと掴まれ、頬を赤く染められた。彼女は男のイケメンフェイスと甘い低音ボイスに魅了されかけていた。しっかりしてくれお姉さん。
いやいや、俺も大概だ。何黙って眺めてんだ。この場に律樹さんはいないんだ。今は俺が千保を守らなければ。
「おい、おm……」
「
千保の前に出ようとした途端、仲間の男が彼を引き剥がした。ボブカットの男の名前は拓馬というのか。警戒すべきだな。覚えておこう。
「すいません、こいつはこういう奴でして」
「はぁ……」
引き剥がした仲間が頭を下げて謝る。ボブカットの奴と違って常識をわきまえているようだ。
「でも確かにお姉さんも美人さんだよな。妹ちゃんの方は拓馬に譲るから、お姉さんは俺にくれよ」
「私は妹さんがいいですねぇ」
「お前らまで変なこと言うな!」
男達は騒ぎ始めた。おい、勝手に加藤姉妹を取り合うな。何なんだこいつら。この能天気なノリと見た目からして、彼らは成人ではない。かなり若い……高校生だろうか。
「とにかく失礼したね。可愛い子がいたものでつい……」
拓馬は尚も視線を千保に送る。うぜぇ……イケメンだから何でも許されると思っていそうだ。キザな野郎だな。
「ここで会ったのも何かの運命だ。君、名前を教えてくれないかい?」
千保に名前を尋ねやがった。どこまで馴れ馴れしいんだ。お前みたいなあからさまな怪しい奴に言うわけねぇだろ。
「私は加藤千保だよ」
言うなよ!
「いい名前だ。僕の名前は
そう言って、拓馬は仲間と共に去っていった。何なんだあいつらは……。
「……」
「キヨ君どうしたの?」
姿が消えても、尚も拓馬という奴への怒りが消えない。千保は俺のひきつった顔を覗き込んで尋ねてくる。
「いや、何でもない」
顔を反らしてごまかす。何故だろうか、千保に話しかける男を見ると、どこからともなく怒りがこみ上げてくる。
律樹さんや詩音さんのように家族であるわけでもない。それなのに、千保が他の男と話すのを見たくないと思う自分がいる。
何だ? 俺は千保のことをどう思ってるんだ?
「とりあえず聞き込みに行こうか」
落ち着いた詩音さんが言う。そうだ、あんな男のことなんか忘れよう。俺達にはここに来た目的がある。
「でも人がいないよ?」
「ここは二手に別れて人を探そう」
詩音さんの提案に乗り、別れて聞き込みに向かうことにした。三人で二人手に別れるとなると、当然ながら一人と二人になる。そこでスマフォの組分けアプリで、一人になる者を決めることにした。
待てよ? 上手くいけば千保と二人きりになれるかもしれない。二人で聞き込み……ヤバい。なぜか知らないがワクワクしてくる。
俺は手を合わせて祈った。頼む! 神様仏様シマガミ様……。
「じゃあキヨ君。また後でね」
「え? あ、あぁ……」
千保と詩音さんが去っていく。え、俺が一人なの? ぴえん。もう神様なんか信じない。
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