第3章「ガンセツ島」

第20話「次の島へ」



 キオス島に戻った一行は、千保の怪我が治るまで加藤家でのんびりと過ごした。清史は千保の体に刻まれた生傷を視界に入れる度に、目を背けたくなるような背徳感を覚えた。この傷はオズフルの怪力と、自分の無力さによって与えられたものだ。


「跡がだいぶ薄くなってきたな」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 傷が消えるまで、その背徳感は続いた。しかし、千保が体を張って戦ってくれた恩を忘れまいと、一生懸命彼女を支えた。


「もう痛くないか?」

「大丈夫だよ。ありがとう、キヨ君」








「最近運動してないな~」

「いきなりどうした」


 のどかな晴れた昼下がりのことだ。ベースの弦の張り替えをしていた光が、ふと呟いた。律樹はネットで次の島の詳細について検索しながら尋ねる。


「視聴者のコメント眺めてたらさ、『最近太った?』っていうのを見つけたの」


 光は自身のYouTubeチャンネルで、ギターやベースの弾き語り動画などを投稿している。先日投稿した弾き語り動画にて、視聴者に体型を指摘されたという。光は自分の二の腕や腰辺りをつねる。かなりデリケートな意見を堂々と書き込まれたようだ。


「まぁ、見るからに運動の必要性を感じるな」

「失礼ね!」


 律樹が自慢の煽りスキルで、光の脂肪に語りかける。清史のことも散々貶してきたが、光もうんざりしているようだ。


「でも確かにそうね。脂肪が溜まってきたし、運動しなきゃ」


 光は弦の張り替えを終え、ベースをケースの中にしまった。




 ケースの表には、プリクラが貼ってあった。


結月ゆづきさんや季俊いとしさんも言ってたもんね。美形に保った体で奏でるからこそ、音も美しくなるんだって」

「……」


 律樹が黙り込んだ。光が放った二人の人物の名前を聞き、心の中の小さなわかだまりが再発した。二人の間に緊迫した空気が流れ込む。


「あ、ごめん。私ったらまた……」

「別に。もう昔のことだ」






 ピンポーン

 緊張を割ったのは、突然鳴った加藤家のインターフォンだった。千保が玄関に向かう。


 ガラッ


「千保、ただいま」

「お姉ちゃん!」


 顔を出したのは、千保より若干薄い桃色の長髪をした女性だった。千保の様子から実の姉であることが伺える。千保は愉快に手を引いて、姉を家へ招き入れる。


「待ってたよ、お姉ちゃん♪」

「千保、その頬の跡どうしたの?」

「ちょっとクマと戦ってね……色々あったの」

「クマ!? もう……千保はすぐ無茶するんだから!」


 姉は軽く千保を叱りつける。彼女の言葉から、千保が能力を持っていることも把握している様子だ。危険な目に遭ってばかりの妹を、心の底から心配している。


「おかえり詩音しおん。東京での生活、どうだ?」

「まぁあぁ楽しいよ」

「やっほ~、詩音ちゃん。しばらく見ないうちに綺麗になっちゃって~♪」

「あ、ありがとうございます……///」


 律樹と光が和室から顔を出す。光とも面識があるようだ。詩音は荷物を二階に運ぼうと、階段を登る。そこで清史と出くわした。


「ん? この子……誰?」

「あぁ……色々事情があってうちで居候させてるガキだ。名前は長谷川清史」

「そうなんだ。はじめまして、加藤詩音かとう しおんです。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」


 清史はペコリと頭を下げ、二階へと上がっていく詩音を見つめる。完全に彼女の美貌に見惚れていた。千保とはまた違った美しさだ。


「詩音は千保の姉で、俺のもう一人の妹だ」

「……」

「おい、まさか見惚れんじゃねぇだろうな」

「げっ……み、見惚れてませんよ!///」


 既に手遅れである。





 律樹の話では、詩音は現在東京の会社で働いる。今日はしばらく休暇をもらって妹と兄の元に帰ってきたという。たまにこうして島に帰ってきているらしい。


「なぁ詩音、お前はその……好きな人とかできたのか?」

「え、急に何……?」


 一階に戻ってきた詩音に、律樹が尋ねる。


「ま、まだいないかな……」

「そうか……もしそんな奴がいたら俺に言え。詩音にふさわしい男かどうか、俺が確かめる」

「はぁ……お兄ちゃん、そういうのいい加減やめた方がいいよ」


 詩音は重いため息をこぼす。兄の重度のシスコン気質に呆れていたのは、彼女も同じらしい。数年前に詩音が東京に行くことが決まっても、律樹は最後まで反対していた。心配にも程がある。


「お前が変な輩に騙されたりしてないか心配なんだよ。東京は危ないから」

「偏見がすごいよ……」 


“まぁ、確かにな……”


 清史は詩音に同情した。いくら妹が心配だからといって、恋愛事情にまで過度に踏み込んでくるのはありがた迷惑だ。光は他人のふりをしながらテレビに顔を向ける。


「甘いよお兄ちゃん。確かにお姉ちゃんはめちゃくちゃ可愛いけど、近寄ってくる人が男の人だけとは限らないよ」

「え?」


 千保が襖から顔を覗かせて言う。垂れ上がった眉と緩んだ口元、からかいモードだ。


「そういやお前、高校ん時クラスメイトの女子から……」

「嫌ぁぁぁぁぁ! 言わないでぇぇぇぇぇ!!!///」


“え? 何それ気になる”


 清史は耳を大きくして話に傾ける。


「もう……そんな過去の話を掘り下げないでよ……///」

「過去の話ではないよね。今だってその女の子と同じ会社で同僚として……」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!///」


 どうやら何かあったらしい。


「詩音さん……一体何があったんですか……」


 兄と妹から恥ずかしい話題で責められる詩音。仲のいい兄妹で何よりだ。






 数日後、千保の怪我も無事に完治し、一同は宝玉集めの旅の計画を進める。詩音も事情を聞き、旅に加わることとなった。


「次の目的地はガンセツ島だ」


 ガンセツ島はミズシロ島から北西に9kmほどの沖合に浮かぶ島だ。スマフォの地図で確認する限り、今までの島と比べて小さかった。


「ふ~ん、どうやって宝玉を探すの?」

「知らん」

「ずこ~!」


 壮大にこける光。前回のミズシロ島の件で判明した通り、宝玉の存在は島民にはあまり知られていない。この島でも同様であると考えた方がいい。今回も自力で探すしかなさそうだ。


「調べても全然情報が少ないんだ。今回もかなり日がかかりそうだな」


 宝玉探しは島を降りてから始める。情報が全くないゼロからのスタートとなるため、一日で探し出して帰ることはまず不可能だろう。


「まぁ、そうなると思ってホテル探しといたわよ!」


 光はスマフォを取り出し、ホテルの公式サイトを画面に表示する。


「予約しとくわね」

「あぁ、頼む」


 ミズシロ島での失態を反省し、今回はきちんとマップで正確な場所を突き止め、頭に叩き込んだ。後は予約するだけだ。


「あ、満室だってさ」

「おい!」


 しかし、光の努力は秒で無駄となった。『残念ながら当ホテルのお部屋は全室予約済みとなっております』と無駄にフォントが洒落た表記が、光をホテルの部屋予約の画面から弾き出した。


「他にねぇのか?」

「ない」

「おい!」


 他の宿泊施設を探すが、どうやらガンセツ島のホテルは先程見つけた一つだけらしい。


「あぁ、なるほどね」

「どうした?」


 光はライフ諸島のパンフレットの、ガンセツ島のページを開く。


「ガンセツウルフ?」

「これがあるからホテルが満室なのよ」


 パンフレットの紹介によると、ガンセツ島は島全体が一つのアトラクション施設となっており、そこでは毎年『ガンセツウルフ』というオリエンテーリング大会が行われているらしい。ガンセツ島の伝統的な催し物だという。

 その出場者が、ホテルのほぼ全部屋を独占してしまっているようだ。


 ちなみに「オリエンテーリングって何?」と思った読者は、説明すると大変長くなるため、Wikipediaか何かを駆使して自分で調べてほしい。


「そんじゃあ、空き部屋が出るまで待つか」

「あ、でも近くにキャンプ場があるよ。寝泊まりには困らないかも」


 光は同じくパンフレットから、ホテルの近くにあるキャンプ場を見つける。隅に載せてあったURLで、公式サイトに飛んだ。


「あ、まだ空いてる! ここにする?」

「キャンプか……」

「この間某キャンプアニメ見てたら、私もしたくなってさ~。ここに行ってみんなでキャンプしない?」

「いいかも! 面白そう!」


 千保は乗り気のようだ。


「キャンプって……道具はどうするんだよ」

「確か家の倉庫に昔使ってたやつがあるはずよ。テントとか、シュラフとか」

「すごい量の荷物になるだろ。どうやって運ぶんだ」


 目的地は離れ小島だ。家から海を渡って島のキャンプ場に向かう。荷物の運搬に自動車は使えない。キャンプ道具が私物となると、ずっと自分達の手で運ばなければいけないことになる。大変な重労働だ。


「え~っと……」




 一行の視線は、詩音のつぶらな瞳に向けられた。律樹も申し訳なさを抱えた表情で詩音を見つめた。


「もう、仕方ないなぁ……」

「すまん」


 詩音はスマフォを取り出し、キオス島の船の貸し出しサービスを検索した。何かと苦労の絶えない詩音だった。


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