第14話「ハチャメチャな旅」



「宝玉……いやぁ、聞いたことねぇなぁ」

「そうですか」

「なんかすまねぇな」

「いえ、こちらこそすみません」


 清史達はホテルのチェックインの時刻が迫るまで、時間をかけて聞き込みを続けた。しかし、有力な情報を開示できる者は誰一人として見つからない。ダメ元で最後にナキウオの養殖場を訪れ、職員に話を聞いた。


 結果はもちろんハズレだ。


「今日はここまでにするか」

「まぁ、手ぶらで帰らせるのもなんか悪いし、これ持っていけよ」


 話を聞いた職員は、清史達にナキウオの干物を手渡した。町の売店でもよく見かけた土産物の箱だった。ナキウオは想像以上にミズシロ島の島民から親しまれていて、丸焼き、干物、フライ、刺身、酒漬けなど、様々な形で商品化されているようだ。

 道中でパンフレットを読んだが、人気のお土産のTOP3をナキウオ関係の商品が独占していた。


「わぁ~、わざわざありがとうございます!」


 光は受け取り、干物の箱を撫で回す。口元にうっすらとよだれが垂れている。酒のつまみにでもするのだろうか。確かにうまそうではあるが。


「それにしてもすごい数ですね~」


 清史達は海面に浮かぶ生け簀の中を悠々と泳ぐナキウオを眺める。沖に出て漁獲するだけでなく、こういった養殖場でも人工的に繁殖させているようだ。


「これだけの数を育てるの大変ですよね」

「まぁな。昔はきちんとした養殖の環境が確立してなくて、何匹か逃げたりもしたんだ。最近数も減ってて、希少価値が高くなってる。特別な免許無しでの繁殖、捕獲は禁止されてるくらいだ」


 耳を近づけると、うっすらとキィキィという鳴き声が聞こえる。この奇妙な生き物のおかけで、この島は一躍有名になった。この魚達はミズシロ島という城を支える砦であり、兵士なのだ。




「でも、こうして海の生き物に恵まれてるのも、シマガミ様のおかげだなぁ」

「シマガミ様?」


 唐突に職員の口から出てきた言葉が、清史達の耳に引っ掛かる。千保が拾った文書にも、その言葉が載っていたのを思い出す。


「そっか、観光客は知らないかぁ。ライフ諸島の島々で奉られてる神様のことだよ。ミズシロ島がこうやって水産業が発展できたのは、シマガミ様が命を呼び寄せてくれてるからなんだ」


 職員は懐かしい思い出を語るように、シマガミについて説明した。ライフ諸島には島に一体ずつ、特別な神様が宿っていると言われている。ミズシロ島のシマガミは、島に数多くの海の生き物を呼び寄せ、豊かな生態系を造り上げた。島民はそう考えているようだ。


「シマガミ様の力はすごい。シマガミ様がいるから、俺達は豊かに暮らせるんだ」


 シマガミは神秘的な力を秘めており、島に恩恵を与える。そのため、島民からは神聖視されているらしい。島の守り神のような存在だという。


「でもな、中にはシマガミ様をよく思わない者もいて……」

「あ、えっと、そろそろおいとまします」


 清史が手を上げ、話を制止させた。これ以上居残り続けると、シマガミを崇める長々とした語りが続くだろう。そう危惧した清史は、勇気を出して口にした。遅くなる前にこの場を立ち去りたかった。


「お、そうか。そんじゃあ、帰るまで十分島を楽しみな」

「ありがとうございます」


 清史達は頭を下げ、養殖場を後にした。






 結局初日は何の手がかりも得られなかった。ひとまず日暮れも近いため、一行は観光案内所まで荷物を取りに行き、その足でホテルに向かう。ダンベルのような荷物の重みが、清史達の体に溜まった疲労を更に加速させていく。

 道中は律樹達がやけに思い詰めた表情を浮かべていた。清史はそれを不審に思いながらも、黙って付いていった。


「……」


 しかし、いつまで経ってもホテルは見えなかった。既にチェックイン時刻の夕方6時を過ぎている。


「光……ホテルはまだか?」


 律樹が尋ねる。先程から光がスマフォとにらめっこしながら、先頭に立ってホテルへのルートを進んでいる。清史達は彼女の背中に付いていく。


「……」

「光?」


 突然光が足を止めた。




「……迷った」

「はぁ!?」


 平然と口にする光。彼女は超ド急の方向音痴だった。


「ごめん、ちょっと考え事してて……。それに、さっきからマップの方位磁石狂ってるんだもん!」


 律樹は光のスマフォを覗き込む。東西南北を指し示す方位磁石が、無茶苦茶に振り回されている。まるで誰かがいたずらでいじりくり回しているように。もちろん触れてはいないし、仮に触れたとしても動かせないはずだ。


「どうなってんだこりゃ……」

「ここらへんは磁気が狂ってるのかなぁ?」


 千保が辺りを見渡す。影に包まれた真っ黒な雑木林が、自分達の横に並行して立ち並んでいる。日は沈みかけており、足から伸びた影が徐々に形を失っていく。


「仕方ない。近くで泊まれる場所を探そう」


 ホテルへ向かうことは諦め、一行は近場の宿泊施設を探すことになった。






「すみません。この近くで宿泊できる場所はありませんか?」

「泊まれるとこか……」


 奇跡的に道端を歩いている島民を見つけ、藁にすがる思いで尋ねた。


「あ、そういえばあるな。この道をまっすぐ行って、山道に入って少し登ってったとこに宿がある」


 道を尋ねられた男は、歩いてきた道を指差す。その奥には影で形がはっきりしない真っ暗な山が、魔王城のように不気味にそびえ立っていた。


「『上杉うえすぎ』っていう名前の宿だ。山の上にあるからあんまり客はいねぇけどな。標高が高過ぎて位置も上過ぎだ。『うえすぎ』だけに。なんちゃって(笑)」


 ウザい。清史はドヤ顔でギャグをかます男を殴りたくなった。流石に初対面相手に失礼であるため、手を引っ込めた。


「あの山……ですか……」

「あぁ、だからあんまりお勧めはできないかもな。それにあの山、人喰いグマが出るから」

「人喰いグマ!?」


 光が子どものように驚き、千保の小さな背中に隠れる。千保は光の頭をよしよしと撫でた。


「あぁ、オズフルっていうでっけぇクマだ。過去に山に迷い混んだ観光客が喰い殺されたって噂もある」

「ひぃぃぃぃ」

「まぁ、シマガミ様が山に結界を張ってるから、人里には下りてこないよ。だが山に登るときは気を付けな」


 再びシマガミの名前が出た。島民の間では随分と認知されているようだ。事ある度に神様がどうのこうの。この島の島民はみんなそうなのだろうか。清史にはよく理解できなかった。いきなり神様や結界などと神秘的なワードを並べられても、現実味が無さ過ぎる。


 清史は山を眺める。登るのは怖いが、ここから一番近い宿泊施設は山の上の宿しかないようだ。


「……行くしかないよな」








 山道に入って約5分、清史達は建物の明かりを見つけた。入り口の真上に『上杉』と記された木彫の看板もある。男の言っていた宿はここだ。


「なんだ、思ったよりも早く着いたわね。あれだけ上過ぎとか言ってたのに」

「まぁ、登山客用でもない限り、普通標高の高いところに宿なんか建てないよな」


 拍子抜けだった。男が言うほど山奥にあるわけでもなかった。ギャグを言いたいがために話を盛ったのだと知り、清史は余計にあの男のドヤ顔を殴りたくなった。人喰いグマというのも恐らく嘘だ。




 ガラッ

 清史達は玄関のドアを開けた。


「すみません……」

「あ、はい。いらっしゃませ」


 廊下の奥に女将らしき人物を見つけた。彼女は来客に気が付くと、早足で玄関に駆けてきた。恐ろしいくらいの静けさが、清史達の他に客がいないことを物語っていた。


「えっと……四人です。予約してないですけど、泊まらせていただいてもよろしいですか?」

「もちろんです。こんな遠い場所までわざわざありがとうございます。お荷物お持ちしますね」


 女将はペコペコと頭を下げながら、律樹の旅行バッグを手に取る。


「ふんっ! んんんんんっ!」


 荷物が入り過ぎて、女将の腕力では持ち上げられなかった。


「あの……自分で持ちます」


 申し訳なく思った律樹は、旅行バッグを自分で担ぎ上げた。


「すみません。お部屋へご案内致します」




 清史達は3~4人用の和室の中部屋に案外された。律樹は荷物を部屋に置くと、すぐさま今日泊まるはずだったホテルに電話し、予約を取り消してもらった。律樹はスマフォの通話を切り、罪悪感と共にため息を吐いた。


「当日キャンセルだから料金が発生したぞ」

「すみません……」


 千保に肩を揉んでもらっている光が、床にうつ伏せになりながら言う。彼女もまた罪悪感に体を潰された。宝玉の情報は聞き出せず、泊まるホテルも見つからない。何ともハチャメチャな旅の始まりだ。


「お客様、お食事の用意にお時間いただきますので、お先にお風呂にお入りください」

「あ、はい」


 女将が襖を開けて顔を覗かせる。


「お風呂!?」

「温泉!?」


 光と千保が跳び跳ねて反応した。


「はい、当宿自慢の天然温泉です。露天風呂もございますよ」

「やった~♪」


 温泉に入れると聞いた瞬間、清史達の体にまとわりついた疲労が、虫のようにムズムズとうごめいた。旅の定番として内心楽しみにしていたのだ。

 早速宿の浴衣を持って風呂場へ向かった。待ちに待った至福の時だ。




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