第13話「ミズシロ島」



「まず最初に行くのはミズシロ島だ」

「お~」


 律樹はキオス島のパンフレットを見せながら言う。ライフ諸島の第二の島、ミズシロ島。キオス島から南南西21kmに位置する小島である。


「やった~。旅行だ~」

「南の島だ~」

「お前ら目的を忘れるなよ。宝玉を探しに行くんだからな」

「わかってるよ~」

「旅行楽しみだね~」

「ぜってぇわかってねぇだろ」


 はしゃぐ女性陣に呆れる律樹。千保の学校も夏休みを迎え、律樹もこの旅のために職場で長期休暇を申請した。早速始まった休みを利用し、旅の計画を念入りに練る。


「清史君頼りにしてるよ~」

「キヨ君は宝玉レーダーだもんね~」

「なんでやねん」


 清史の肩をバンバンと叩く光。清史が偶然ながらキオス島の宝玉を見つけてしまったことで、彼に謎の期待を背負わせている。完全な偶然であるため、清史にもわかるわけがない。どうすれば宝玉が手に入れることができるかなんて。


「勘違いするなよ。お前はただの荷物持ちだからな」

「リッキー……」


 清史に期待していないのは律樹だけだった。相変わらずの清史いびりだ。もはや作者もわざわざ明記するのを面倒に感じている。


「光、ホテル予約しといてくれ」

「へいへい」


 しぶしぶスマフォで島の宿泊施設を調べる光。庇っているつもりなのか、千保は清史に向けて笑いかけた。彼女の笑顔のおかげで、清史も旅を楽しみに思えた。








 ゴォォォォォ

 清史達を乗せたフェリーが、高らかな汽笛を鳴らして海原を突き進む。波に真っ直ぐ裂目を入れ、遥か前方の島へと吸い寄せられていく。


「あれが……ミズシロ島……」


 魔王の城を臨むゲームの戦闘パーティーのように、柵の前に並ぶ清史達は、遠方に見えるミズシロ島を眺める。あの島のどこかに、世界最高の幸せの一欠片が眠っている。そう思うと、間近に迫ってきた宝探しにテンションが上がる。




 キオス島を出港して約30分、清史達はミズシロ島の船着き場に足を下ろす。


「結構早く着けたね」

「キオス島から一番近い島だからな」

「わぁ~、結構人多いね~」

 

 船着き場は同じフェリーに乗ってきた観光客と、歓迎する船着き場の職員の島民で溢れていた。旅行バッグを抱え、船に乗って島へ向かう。まだ旅の始まりの段階であり、本来の目的に移行していない。それでも清史の心は高揚していた。


「チェックインは夕方6時だよね」

「あぁ。まず荷物をどっかに預けて、聞き込みを開始するぞ」

「お~」


 船着き場近くの観光案内所の手荷物預かりサービスを利用し、とりあえず邪魔になりそうな荷物を預ける律樹達。その足でタクシー停留場に向かい、タクシーで繁華街へ移動する。


「それにしても困るわよねぇ。宝玉について手がかり無しなんて」

「まさか公には知られてないとはな」


 律樹達が困っていたのは、宝玉を探す手段だった。ミズシロ島に降り立つ前に、島のパンフレットやインターネットを駆使して情報を調べたのだが、一向に宝玉の詳細が見つからない。

 一般的な検索エンジンでは探るのが困難なのか。もしくは、宝玉は観光客どころか島民ですら認知されておらず、幻の代物なのだろうか。何にせよ、島の人々から情報を聞き出すしか方法が思い浮かばなかった。完全にゼロからの捜索だ。




「ホウギョク……知らねぇなぁ」


「よくわかりませんね。自分最近この島に移り住んだばかりなので」


「宝玉? 何それ? 絶対不味まずいよね」


「私……観光客です」


「それよりお兄さん方、うちのナキウオ料理食べてかないかい♪」


「宝玉? お惣菜ならキンピラがいいかな」




 案の定聞き込みを続けても、人々は首を横に振るばかりだった。やはり、宝玉の存在は島民にも知られていないらしい。聞き込みだけで4時間近く潰してしまい、清史達は足が棒になった。労した体力に見合う情報は、何一つ得られなかった。


「ダメだ……どれだけ聞いても手がかりゼロ……」

「そもそも宝玉なんてもの存在するかどうかすら怪しくなってきたわ……」

「骨折り儲けのくたびれ損ってやつだね」

「骨折り損のくたびれ儲けな」


 時刻は午後2時を回る頃だった。かなり遅れたが、休憩がてら昼食をとることにした。


「夕飯はホテルでバイキングが食べられるみたいだから、お昼は軽めに済ませたいよね~」

「いろんなお店があるね~」


 先走って商店街をぶらぶらする光と千保。その後ろを、保護者と化した律樹と清史がとぼとぼと付いていく。


「お嬢ちゃん達観光客かい? うちによっといでよ」


 外で呼び込みをしている老婆と出会った。早く何か口に入れたかった清史達は、老婆の店に足を運んだ。






「ん~、美味しい~♪」


 千保が溶け落ちそうな頬を押さえ、口に広がる珍味を噛み締める。清史達は提供された焼き魚の定食を堪能していた。


「一応この後も聞き込み続けてみるか」

「結果はだいたい想像つくけど……」


 宝玉の存在が一般的に認知されていないことについて、頭を悩ませる律樹と光。千保が入手した文書には、確かにミズシロ島の宝玉の姿が描かれていた。フローライトを思わせるような、透き通った美しい宝石だ。


「文書には書いてあるのに、みんなは知らない。どうしたもんかしらね~」

「ホテル取っといてよかったな。やっぱ日帰りじゃ終われそうにない」


 唸る二人の隣で、清史も考えあぐねる。焼き魚を口に運びながら、何か手段はないかと思考を働かせる。




「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ナキウオの生きさばきだよ~」


 店頭から店の主人の勇ましい声が聞こえてきた。マグロの解体ショーのようなノリで、台の上の生きた魚に包丁を向ける。ナキウオ……聞き込みで誰かがその名を口にしていたことを、清史は思い出す。


「そういえば、ミズシロ島は海産物で有名って書いてあったな」

「そうなの?」


 律樹は宝玉について調べるために、ライフ諸島のパンフレットのミズシロ島のページを読み込んだ。大々的に取り上げられていたのは、ミズシロ島近海で採れる魚、カニ、エビ、貝類などの海産物だった。この島は水産業が盛んらしい。


「ここに来れば海の幸が思う存分楽しめるんだとよ」

「そういえば、メニューも魚介類が多いね」 

「流石ミズシロ島。名前通り水で生きる生命達が築き上げる城、海の砦って感じね」


 商店街で見かける飲食店も、海の幸を使った料理を振る舞う店が多いことを、清史達は薄々と感じていた。しかし、パンフレットに堂々と取り上げられているだけあって、料理の味は文句無しだ。




「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」

「えっ!?」


 突然外から悲痛な叫び声が聞こえた。思わず味噌汁を溢してしまいそうになった清史。


「な、何なの今の声!?」

「あぁ……ナキウオだ」


 外ではナキウオが生きたまま喉元を包丁で切り込まれていた。今の声はナキウオの口から放たれたものだった。


「ナキウオはライフ諸島にしか生息しない魚で、特にミズシロ島が一番漁獲量が多いそうだ。特産ってわけだな」

「なるほど、あぁやって鳴くから『ナキウオ』っていうのね」


 ナキウオの叫び声を聞こうと、道行く人は店頭にずらずらと集まる。島民は見慣れた光景であるせいか、関心の目を輝かせている。しかし、初めての光景である観光客には、見るに耐えないようだ。目の前で生きたまま動物が捌かれているのだから。

 清史達も声を聞くだけで、喉を締め付けられるような虚しさに襲われる。




「そういえば、この魚……」


 清史は改めて自分が口にしている焼き魚を見つめる。運んできた店員の柔らかな笑顔と共に聞こえた言葉が脳裏に響く。


『お待たせ致しました。焼きナキウオ定食でございます♪』


 そして、今自分が平気で咀嚼していた白身魚が、生きたまま捌かれたナキウオだと想像すると……




「……くっ!」


 清史は想像するのをやめ、やけくそに残りの身を口にかき込んだ。どんな背景があろうとも、美味しことに変わらないのがある意味苦痛だった。あんな苦しい思いをして、立派な料理に生まれ変わったのか。






「やめて!!!」


 再び店頭から叫び声が聞こえてきた。もちろんナキウオの声ではない。若々しい少女の声だ。


「ん?」


 清史は再び店頭に顔を向ける。店の主人を睨み付ける少女の顔が、主人の後ろからちらりと見えた。


「やめてよ! ナキウオが可哀想じゃない! この動物殺し!」

「お、お嬢ちゃん……これは料理するためで……」

「料理するためなら殺してもいいの!? あなたには道徳心というものが無いの!? こんなの間違ってるよ!」

「え、えっと……」


 肩を出した水色のワンピースを纏った茶髪の少女。見たところ観光客ではなさそうだ。だとしたら島民か。凄まじい形相で店主に注意している。営業妨害スレスレだ。


「やめなさい! 今すぐやめなさい!」

「ちょっとお嬢ちゃん! だ、誰か! 警察を!」


 主人は焦って周りの人々に助けを求めた。人々は小さな女の子相手にどうすればいいか迷い、とりあえずスマフォを取り出して警察に電話しようとする。


「あっ……うぅ……」


 警察という言葉を耳にした瞬間、少女は弱腰になって叫ぶのをやめた。流石に事を重大化し過ぎたようだ。観衆の視線に耐えられなくなり、逃げるようにその場を離れた。


「何だろう……あの子……」

「さぁ……」


 清史は離れていく少女を呆然と見つめる人々を眺める。一体何のつもりだろうか。島民であるならば、この光景は見慣れているはず。島民の中でも生き物を愛護する志を持っている者がいるのだろうか。

 だが彼女の様子は流石に過激に思える。あのまま叫び続けてたら、本当に警察を呼ばれてしまったかもしれない。


「まぁ、ナキウオの気持ちはわからなくもないけどねぇ」

「人間が生きるためには仕方ないよな」


 律樹と光はそそくさと食べ終え、席を立って会計の準備を始めた。


「……」


 清史は先程の叫んでいた少女の顔を思い返す。彼女の声は捌かれるナキウオに負けないような、複雑な感情のこもった叫び声だった。


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