第11話「一緒に行こう」
清史は千保と共に加藤家への帰り道を歩く。中で漁港に寄り、海原の漁から戻った漁師から採れたてのアジをお裾分けしてもらった。千保は意外と多くの島民と知り合いのようだ。
「ありがとう、おじさん♪」
「お安いご用よ。お兄さんによろしく言っといて」
誰の懐にも簡単に侵入していく。千保の心はとても柔軟だった。家出して病んだ思春期の少年ですら、心を許してしまったのだから。
千保は無人販売所に置かれた箱に小銭を投入した。牛乳瓶を二本取り、片方を清史に渡した。
「はい、キヨ君」
「サンキュー」
二人は豪快に飲み干し、喉の渇きを潤した。
「無人販売所なんて初めて見たぞ」
「田舎だもんね~」
田舎だとか都会だとか言われても、清史には基準はわからなかった。ただ、無人販売所が設置されているキオス島は、千保の認識では田舎に分類するらしい。
「さぁ、早く帰ろうか」
「お前の兄貴が何言うかわからないからな」
空の牛乳瓶をゴミ箱に捨て、二人はそそくさと加藤家への帰り道を進んだ。
「ただいま~」
玄関を潜る二人。リビングで律樹と光が待っていた。
「あれ、お兄ちゃんやけに早いね」
「そんなことはどうでもいい。どこに行ってたんだ」
律樹は万全な説教モードだった。先程光に連絡したことが、律樹にも伝わってしまった。どうやら海に入ったことが発覚したようだ。
「お前はなんでいつもいつも危険な真似をするんだ! いくら能力があるからってなぁ、溺れたりしたらどうするんだよ!」
「だって……確かめたいことがあったし……」
「千保! お前は!」
「まぁまぁリッキー、落ち着いて落ち着いて。ステイステイ、ゴーホームだよ」
怒り散らす律樹をなだめる光。完全に馬鹿にしているのがわかる。既にここは家の中だ。
「清史もなんで千保とうろついてんだ? 妹に何か手出ししたら許さねぇからな!」
怒りの矛先を清史に向ける律樹。清史が千保の隣にいるとすぐこれだ。シスコン気質が日に日に加速していっている。特に清史と一緒に生活するようになってから。
清史だって十分理解しているつもりだ。千保にやましい手を伸ばしたら、海へ投身自殺するより更に苦しい方法で死ぬことになるくらい。
「それよりお兄ちゃん、いいもの見つけたよ」
「いいもの?」
千保は海底で拾った書物を律樹に見せる。清史にはただのゴミにしか見えない薄汚い本だ。律樹は呆れながら手に取って中を開いた。
「これって……」
「沈んだ島の跡を見つけてね、そこで拾ったものなの。多分誰かが宝玉について調べて書き留めた文書だよ」
「何? ほんとか!?」
「まだ断定はできないけど……」
海底で拾ったゴミを深刻な目で見つめる千保と律樹。その文書(?)とやらに一体何の価値があるのか、蚊帳の外に弾き出された清史には理解できなかった。一応律樹の先程までの怒りを忘れさせることができるくらいの価値はあるようだ。
「二人共、気になるのは仕方ないけど、まずは晩ご飯にしよ」
光が一旦話を取り止め、キッチンへ千保達を誘導した。その後、一同はマッハ5で晩ご飯をかきこみ、マッハ10で皿洗いを終わらせ、マッハ15で風呂に入って戻ってきた。面倒事をさっさと終わらせるように。
* * * * * * *
「さて本題だ」
俺達はリビングに集まり、作戦会議のようにテーブルを囲む。律樹さんは何枚かのメモ用紙に、書物に記されていた内容を簡潔に書き写してきた。それを見ながら俺達に説明する。
「千保が思った通り、ここに書かれてあったのはライフ諸島の宝玉についてだ。よくやった千保」
「えへへ~♪」
「じゃあ、ここに書いてある宝玉ってやつを全種類集めればいいってわけね?」
「そういうことだ」
ちょっと待ってください。三人だけで勝手に話を進めないでください。俺、出だしから理解不能なんですけど。ライフ諸島? 宝玉? 何ですかそれ。
俺が話に付いていけなくなっていたことに気付き、千保が捕捉説明してくれた。
「キヨ君、赤い水晶玉持ってたよね」
「え、あ、あぁ。あの祠で拾ったやつだ」
俺はリュックから水晶玉を取り出し、テーブルの上に置いた。不気味なのに美しい赤色の輝きに、律樹さんと光さんも見入ってしまっていた。
「これを見て」
千保は文書のとあるページを見せる。そこにはいくつかの宝石のイラストが描かれてあった。その中に、俺が拾った赤い水晶玉と同等のものを見つけた。
「これは……」
「ライフ諸島ってのはね、いくつかの島々が並んだ小さなリゾート諸島なんだ。このキオス島もその一つなんだよ」
「ライフ諸島……」
「そしてそのライフ諸島の島々には、一種類ずつ
俺は改めて赤い水晶玉を見つめる。重たいけど無駄に綺麗でツルツルとした胡散臭い石、これがそうなのか。
「実は私達、その宝玉を集めてるの」
「今まで散々探したんだ。もっとも、まだキオス島しか調べてないんだがな」
律樹さんと光さんが千保と交代して説明を始める。宝玉の捜索……まるでガキの頃に憧れた宝探しみたいだ。現代でもこういうのってあるんだな。
「だが、俺でも長い間探して見つけられなかったのに、まさかお前みたいな奴が島に来た初日に見つけてしまうなんてな」
「清史君、ありがとう!」
光さんがお礼を言ってくれた。律樹さんは馬鹿にしてるのか感謝してるのかわからないな。とにかく、偶然にも俺は千保達が探していたキオス島の宝玉を見つけてしまったらしい。
まぁ、俺が見つけたというよりも、あの竜が持ってきてくれたって感じだけどな。そのことはまだ千保にしか話してない。
「そこで本題なんだけど……清史君、私達と一緒に宝玉探しを手伝ってくれない?」
「え?」
光さんが手を合わせてお願いしてきた。
「私達、今度大規模な宝玉の捜索を計画してるの。このライフ諸島を巡って、全種類の宝玉を探すのよ。その旅に同行してほしいの」
「お前が見つけたその水晶玉も恐らく本物の宝玉だ。これでキオス島の宝玉は手に入った」
光さん達はライフ諸島の全種類の宝玉を集めるつもりらしい。俺が拾ったこの水晶玉の他にも、この諸島にはいくつかの宝玉が存在しているようだ。
「ネットとかで調べても、宝玉の情報は全く出てこないんだ。今回は千保が見つけたこの文書のおかげで、いくつか情報が手に入ったけどな」
「私達、どうしてもあの宝玉を集めないといけないの。あれだけ見つからなかった宝物を、簡単に見つけちゃったじゃない。君、意外と引き運あるよ。お願い! 協力して!」
引き運って……ソシャゲのガチャかよ。確かに簡単に見つけてしまったかもしれないが、恐らくこれは偶然だ。この島に来たのも初めてだし、ライフ諸島のことなんて全くわからない。俺が参加したところで全種類の宝玉が必ず手に入るという保証はどこにもない。
それに……
「宝玉集めて何するんすか?」
「え?」
俺は光さんに素朴な疑問をぶつけた。
「何のために宝玉集めてるんすか?」
「そ、それは……」
光さんはもぞもぞとして答えられない様子だった。疑うというほどでもないが、何か裏があるように思えた。宝探しなんて現代じゃとてもリスキーな行為じゃないか。俺は宝玉を集める意味を尋ねた。
「……幸せになるためだよ」
突然千保が口を開いた。
「ある噂があるんだ。ライフ諸島の全ての宝玉を集めると、世界最高の幸せを手に入れることができる。そんな噂がね」
最高の幸せだと?
「どんなのか気になるでしょ? 世界最高の幸せって。なってみたいと思わない?」
「はぁ……」
そんなことを言われても、俺はいまいちピンとこない。そんな小学生が考えたような漠然とした噂のために、島を巡って宝玉を探すのか。
千保は尚も語り続けた。
「私、思うの。人は幸せになるために生きてるんじゃないかな。人生の中にある小さな喜びや感動を探して、手に入れて、楽しむ。そのために生きてると思うの」
似たようなことを聞いたな。人は幸せになるために生まれ、その幸せを探すために生きているんじゃないかと。結局信じられなくて自殺に至ったが。幸せになるために生きろとか、人間を無理やり生かすための綺麗事だといつの間にか思ってしまうようになった。
「自殺したがってた君に言うのも何だけどさ、世界一の幸せ者になれたら、きっと思えるよ。『生きててよかった』って」
「……」
生きてることに何の意味もない。昨日までそう思っていた。幸せになんてなれっこない。俺がなることは許されない。幸せになるために生きるなんて、綺麗事以外の何物でもない。
でも、なぜだろう。たとえ同じ綺麗事の言葉でも、千保の口から放たれると信じられた。
千保は俺に手を伸ばした。
「だからさ、君も一緒に見つけようよ、幸せを」
幸せを探す旅……か……悪くないかもな。
「まぁ、いいよ」
「やったぁ♪」
俺は千保の手を取った。ほんと、なんでだろうな。握る前から彼女の手が温かいとわかっていた。
「それじゃあ、清史君もトラベルハウスの一員だね!」
「は?」
光さんが言い出した。この人の話すことはいつも突拍子のないことだ。
「宝玉を集める旅なんだから、宝探しみたいなものだよ。だったらチーム名というか、旅団の名前みたいなの付けた方が面白いじゃん!」
「トラベルハウス……いいかも♪ 家にいるような安心感溢れる温かい雰囲気の旅って感じ」
千保も光さんのアイデアに同意する。確かにこの人達のいる家は、親と暮らしていた家よりも居心地が良くて温かい。でも家にいるような安心感で旅するって……それ旅って言えんのか?(笑)
「情報ゼロから始まる旅だぞ。そんな簡単なもんじゃねぇよ」
「もう……リッキーはそういうのやめてよね! もう少し頭と心を柔らかくして……」
「お前は柔らか過ぎんだよ」
いつものように言い争いを始める律樹さんと光さん。ほんとになんでかな。対立や喧嘩が無いわけでもないのに、ここを居心地が良いと思えてしまうのは。
「キヨ君、楽しみだね~」
「あぁ……」
千保が俺に笑いかける。もしかしたら、彼女が自殺から救ってくれたことも、彼女と旅することになったのも、何か意味があるのかもしれない。それこそ幸せを手に入れるためだとか。
死ぬまでの暇潰しには丁度いいかもな。
「ちなみにおやつは3000円までだよ」
「ははっ、意外と寛大だな」
千保の軽い冗談に、思わず俺も笑みが溢れた。
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