第16話 2つ名のライザル

 祖母の店の定休日は、一般的な休日であるドウギのヒでは無く、ニンタイのヒに定めている。それ故に、急な受注依頼が無い限り、基本的に店を閉めている。その日は、祖母に連れられて、長寿の会のメンバーに可愛がって貰った。


 現在は、アルバイト初日から5日経った4日目のヘビのツキ・10ニチ・テイセツのヒの昼過ぎだった。


「いらっしゃいませー! ミンクの鍛冶屋の武器はいかがですかー! 熟練の職人による質の良い武器はいかがですかー! いらっしゃいませー!」


 俺は箒を両手で持ち、店の前を掃き掃除しながら大声で客引きを行う。


「ガッハッハ! おう! 元気だな! 坊主!」


 太く、低い大きな笑い声に振り向くと小柄で中肉中背のおじさんが右手を上げて近づいてきた。


「オッス! 俺、元気が取り柄なんで褒め言葉っす! 渋くてカッコ良いお兄さん! 是非ミンクの鍛冶屋の武器を見ていかないですか!」


「ガッハッハ! "お兄さん"って歳じゃねぇよ。 俺はリドってんだ。坊主、名前はなんだ?」


 リドは、顔に少し皺が、見られる40〜50代位の男性だ。顔面の左頬には、顎や口まで伸びる大きな切り傷跡4本もあり、とても堅気な人には見えなかった。


「オッス! 俺は、フィデリオって言います! リドさんって、鎧とか武器とか持っていないですけど、冒険者ですか?」


 リドの服装は、くるぶしが隠れる程度の茶革のハイカットスニーカーを履き、黒のハーフパンツと赤色の半袖を着ていた。


 その為に俺は、目の前の人物が顔に傷を負った一般人なのか、それとも現役・引退済みの冒険者なのか、判断が付か無かった。


「ガッハッハ! 惜しいな。俺は、ゾルピデムの傭兵ギルドに所属しているんだ。それで、なんで分かったんだ?」


「(ゾルピデム? どこかの街か、どこかの国の名前か? まぁ、どのみちこの街の人じゃ無いし、いっぱいアピールしないと)」


「オッス! 俺の父ちゃん達が冒険者していて、なんか、何処と無く雰囲気みたいなのが、似ていたからそうじゃ無いかなぁって思って。」


「ガッハッハ! そうか! 通りで慣れているわけか!」


 リドは、顔を上にあげながら、右手で俺の頭を"バシッバシっ"と何度も叩きながら陽気に笑う。


「リドさん! 話は変わって、この装飾品、俺の宝物なんですが、これ俺の婆ちゃんが、趣味を兼ねて作ったんですよ! 凄く無いですか!?」


 俺は、流石に、何度も頭を叩かれると鬱陶しく思った。辞めてもらうついでに、自身の首に掛けてあるノムルス族の祝福を持ち上げ、祖母の技術力アピールをした。


「うんっ? おぉ……コイツは……スゲェな……。お前さんの婆さんも此処で作ってんのか。お前の婆さん何者だ?」


 案の定リドは、俺の宝物を一目見るとさっきまでの陽気さを潜めて、食い入る様に見た。


「オッス! 俺の婆ちゃんは、この店の主人でミンクって言います! 此処は俺の婆ちゃんの店なんですよ!」


 リドが、俺を褒めたわけではないことを理解している。それでも、自身の祖母が褒められて、俺は自分のことの様に誇らしくなり胸を張った。


「ほぉ〜そうか。そいつを作った奴の店か。うしっ! ちょっくら見てみるか。おい、坊主、この店のお勧めの武器が知りたいんだが、教えてくれるか?」


「えぇっ!? 俺、働いて浅すぎるから、この店のお勧めの武器が何か分かんなんないよ! だから、分かる人、今から呼んでくるから、ちょっと待ってて!」


 リドの突然の質問に俺は、アタフタする。アルバイトの鉄則その1、分からない時は直ぐに先輩に聞くを発動する。俺は、自身では対処出来なかった為、意固地にならず、素直にアミラに助けを求めに行った。


「おう! 分かった。早く戻ってこいよ」


 店内に戻りアミラを探す。しかし、そこには、白髪のスパイラルリバースショートヘアーのチャラ目なイケメンが、アミラと談笑をしていた。


「アミラさ〜んっ! 今、良いですか?」


 少し遠目から様子を伺うが、聞こえてくる声から商品の取引や会計、相談では無さそうだ。俺は、少し勇気を振り絞って声を掛けた。


「あっはい、大丈夫ですよ。フィデリオ坊ちゃん、どうしましたか?」


 俺に気がついたアミラは、直ぐに談笑をやめて、俺の目線までしゃがみ込む。


「うん、今、入り口に傭兵のお客さんがいて、この店のお勧めの武器が何か知りたいって事なんだ。ちょっと来てもらっても良い?」


 俺は、右人差し指を入り口に向けて、アミラに状況説明と応援要請を行い対応した。


「分かりましたよ。それでは、ライザルさん、またのお越しをお待ちしております」


 彼女は、ライザルと呼ばれる若いチャラメンに一礼して、リドの元へ一緒に向かった。


「ちぇ〜。まぁ、仕事ならしょうがねぇか」


 ライザルと呼ばれた彼は、右手で頭をかきながら、とても残念そうな表情をする。そして、仕方ないと諦め店内を見て回った。


「お待たせ! リドさん。俺よりも詳しい人呼んできたよ!」


「おう! それにしても……偉い美人さんが来たもんだ」


「うふふ、お世辞がお上手な方ですね。フィデリオ坊ちゃん、此処は私が対応いたしますので、他の場所で、挨拶と掃き掃除頑張ってくださいね」


 彼女は首を少し傾けながら、ニッコリと笑い、口元を左手で隠し、俺の対応を引き継いだ。


「うん! 分かったよ! それじゃ、リドさん、またねー!」


「おう! 苦労をかけたな、坊主!」


 俺は、そのまま、今いる場所から離れて、再び客引きと掃除を行った。そして、リドはアミラに案内を受けながら、そのまま店内に入った。


「いらっしゃいませー! あっ! そこの短髪で黒髪の綺麗なお姉さん! ミンクの鍛冶屋の武器はいかがですかー!」


 客引きの時に目についた、茶革の鎧を身に纏う、黒髪褐色肌の少し幼さが残る冒険者風のお姉さんに声を掛けた。前世的に言えば、高校生くらいにいそうな見た目である。


「うんっ? フンッ」


 冒険者風の娘は、俺の声に反応し、顔を少し動かす様にチラ見する。しかし、顎を"チョンッ"と上にあげながら笑う仕草を行い、その場を立ち去った。


「えぇ……俺、何で今チラ見してから、鼻笑いされたの? まぁ……気にしてもしょうがないか……いらっしゃいませー! そこの、美しい白髪を後ろで束ねているお姉さん! ミンクの」


 俺は、鼻笑いして、立ち去った女性に疑問を持ちながらも、気持ちを切り替えて、次の客引きを行なった。


 次の人は、肩まで掛かるくらいの長い白髪をポニーテール状にしている。さっきの女性よりも少しお姉さんな感じで、大学生くらいに見えた。


「うるさい! 黙れ!」


 女性は、俺の前まで来ると顔を横に向けて、顔を真っ赤に鬼の形相で怒鳴った。


「ひぃー!? ごめんなさい!」


 俺は、突然の怒鳴り声に身を引き、直ぐに謝罪する。


「チッ……ガキかよ」


 女性は、舌打ちを一度すると、不機嫌な表情で、その場を去った。


「(俺の声、そんなに煩すぎたか? いや……周囲の店のヤジの方が大きいと思うけど……なんか、さっきの人、感じ悪い人だなー)」


 確かに俺は、自身の声が大きかった事と認めている。しかし、それは、周囲の野次声が騒がしいからであって、飛び抜けて大きいとは納得出来ず、眉を顰めた。


「ぷっくっく。災難だったな、坊主」


「はぁっ? えっ? あっ! さっき、アミラさんと話していたお客さん」


 俺は右横から聞こえた笑い声に、流石にイラッとしてしまい喧嘩口調になった。


 しかし、笑っている人物を見るとアミラと談笑していたチャラ男風イケメンのライザルだった。


「おうさ。俺はライザルってんだ。よろしくな」


 ライザルの見た目は、派手な赤色の外套を身に纏い、白いシャツに紺色のパンツ、茶革のブーツを履いている。そして、両耳に黒色のイヤリング付けていた。


「ライザルさん、俺はフィデリオって言います。こっちこそ、よろしくお願いします。」


「おう。んでだ、改めて、災難だったな」


 お互いに自己紹介をしてもライザルは、口元に指を当てて少し笑いながら、俺を労う。


「まぁ、多分、商売なので、こんな事もあるでしょ。一々気にしても、お金にならないんで、落ち込み終わり!」


 俺は、さっき感じた自身の鬱憤と、折り合いをつける為にわざとその場で、1回だけ拍手して切り替えた。


「そりゃ道理だな」


「それで、ライザルさんとアミラさんは、凄く仲良さげで話していたけど……付き合っている人なんですか?」


 初対面の人間に失礼と思いつつ、さっき笑った仕返しとばかりにアミラとの関係を聞いた。


「おうさ! 付き合っている!……って言えれば格好が付くが、まだまだ、口説き落とせて無いんだぜ。守りが堅いぜ、アミラさん」


 ライザルは、笑みを浮かべ胸を張り交際を認めようとした。しかし、そのまま、苦笑いすると素直に負けを認め、交際していない事を告げた。


「へぇーっ!? って事は、ライザルさんってアミラさんが好きなんですか?」


 まさか、本当に答えると思ってもいなかった。俺は彼の漢気に対して、驚愕し、この話題の更なる興味が湧いた。


「おう、一目惚れだったぜ。なぁ、リオ坊、アミラさんが喜びそうな物って何か分かんねぇか?」


 ライザルは、下手な言い訳をせず2つ返事で、好意を肯定した。


「贈り物! カッコ良いね。でも、ごめんなさい。俺も5日前に此処に預けられているんで、分かんねぇです」


 俺が感じていた、ライザルの第一印象であるチャラ男感は、もう無くなりつつある。その代わりに、この漢気ある好青年のイケメンの恋を応援したかった。


 しかし、俺自身がアミラを知らなすぎる為、下手な事が言えず素直に首を横に振り知らない事を告げた。


「そうか……うんっ? 預けられているって事は、この店の内弟子とかじゃねぇの?」


「違いますよー。俺は、ミンク婆ちゃんの孫です。両親が冒険者のお仕事中に此処で、お手伝いしながら迎えを待っているだけだよ」


 ライザルが、俺を内弟子だと勘違いしていた。その為、俺は自身の事情を説明する。


「へぇー! お前の両親も冒険者だったのかぁ」


「えっ? "も"って事は、ライザルさんの両親も冒険者だったの?」


「あぁ、違う違う。俺ん家の両親じゃ無くて、俺が冒険者なんだよ」


 ライザルは、右手を顔の前まで上げると顔と手を同時に左右に振り否定する。


「ライザルさんって冒険者なの!? 凄いですね!」


「くっくっく。おうさ! 俺はHランク冒険者のライザルだ! いつか2つ名が付き、他国に轟く位に凄腕の冒険者になる男だ!」


 ライザルは、右拳を高々に上げる。それは、周囲の喧騒に負けない位の大声で、自身の夢を堂々と宣言した。


「おぉー! カッコ良い! 俺も冒険者に憧れているんだよ」


「おう、憧れているんなら、直ぐに行動した方が良いぞ。じゃねぇと、大人になるに連れて、自分でやらない理由を探す様になるからな」


「そっかー。うん、今すぐには、出来ないけど近いうちに両親に伝えてみるよ。ライザルさん、ありがとね」


 俺は、ライザルの冷静なアドバイスの納得して、感謝を告げた。


「おう、後悔しない様にな」


「それにしても……2つ名かぁ。ライザルさんって、どんな武器で戦うの?」


「俺は双剣で、素早く敵を倒す戦闘方法だ。今、団員の魔法使いに、魔法を教えて貰っていているところなんだ」


 彼は、今は所持していない双剣を、両手で持った様に構える。その場でエアー素振りを行う。


「双剣で素早く魔物を斬り、その上に魔法もかぁ。まるで"風"みたいだね」


 俺はライザルの事をふと"風"の様に思った。俺の中の風は"心地よい風"や"荒々しい風"、"暖かい風"などで、その時の状況によって、柔軟に変化していくイメージだ。


 柔軟に変化する人は、前世でも珍しくはなかった。しかし、それでも俺には、ライザルの飄々さや激しさ、心地よさなど、目の前の人物の本質が掴めない感じが、風を掴もうとして掴めない感じと似ている気がした。


 更に、聞いた感じの戦闘スタイルも、速さを重視して斬り刻む感じだ。それ等が相まって風の様な気がした。


「うんっ? 何がだ?」


「えっ? いや、何でもないよ」


「何でもないなら、教えろよー」


「えっ? あっ、その、なんて言うか、恥ずかしいなぁ。俺なりにライザルさんの2つ名を考えてみたんだ」


 俺は笑いながら、聞いてくるライザルに、恥ずかしがりながら頭をかいた。


「おおっ! 本当か!? どんなのだ!?」


 ライザルは、子供の様に目をキラキラさせて、ワクワクした表情を見せた。


「"白き疾風のライザル"ってどうかな? 実際に戦っているところを見ていないから、分かんないけど……白髪を靡かせながら、素早く敵を斬り刻む戦闘方法が風っぽかったんだよ。呼び名の語呂も良いし、そのまんま……過ぎたかな?」


「……」


 ライザルは、無表情になりながらしばらく黙り込み、固まっていた。


「えーっと……期待させて、なんか、ごめんね。あはは、そのまんま過」


「良い……」


「ぎた、えっ? なに?」


「くっくっく。"白き疾風のライザル"! カッコ良いじゃねぇか! それ貰ったわ。ありがとな」


「よ、喜んでもらえて嬉しいよ」


「ヨッシャーッ! 俺は今日から"白き疾風のライザル"! この名に相応しい男になる!」


 ライザルは右手を再び上げて、再度宣言した。


「い、いや〜。あはは、なんか俺も照れるね」


 俺は、そんなライザルを見て喜んでもらえた安心感と2つ名の名付け親に偶然なってしまった恥ずかしさが、混ざり顔が真っ赤になった。


「よしっ! それじゃ、リオ坊! 遊ぶぞ!」


「えっ? でも、俺、お手伝いあるし……」


「フィデリオ坊ちゃん、ライザルさんと遊んでも良いですよ」


 俺が、ライザルの遊びの誘いに断ると後ろからアミラとリドが歩いてきた。


「えっ? あっ! アミラさんにリドさん! もう、終わったんですか?」


「おう! 良い買い物が出来た。仲間に良い土産話が出来る鍛冶屋だった。ありがとうな、坊主」


 リドの手には、さっきまで無かった黒い剣鉈があり、購入した事が分かった。


「いやいや、お礼を言うのは俺の方だよ。お買い上げありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」


「おう! じゃあな!」


「それで、フィデリオ坊ちゃん。坊ちゃんはよく働きました。師匠には私からも伝えますので、今日はお手伝いは終わりです」


「そっかー。分かった! それじゃ婆ちゃんに遊んでくるって伝えてくるよ」


「ライザルさん、フィデリオ坊ちゃんをよろしくお願いします」


「おう! 任せてくれ!」


 俺は、作業場にいる祖母に一声掛ける。そして、冒険者ギルド近くの広間で、ライザルと遊び尽くした。

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