第4話
夕焼けに染まる堀川のへりに青々と葉を垂らして柳が揺れていた。
少しの風でも、暑い日が続いていたのでありがたい。蜻蛉が川面を飛び、地虫がジージーと鳴き始めた。昼間どんなに暑くても、少しずつ秋の気配がやって来ているんだなと心太は思いながら、眞島屋の路地を出ると堀川の柳の根元にしゃがむ。小石を拾って川面に水紋を作りながら、自分の肩に向かって
「どういう訳だい。」とつぶやく様に問うた。眞島屋の裏玄関で女将に謎掛けの様な言葉を言わせたのは、姿を消したまま心太の肩に乗った白狐だった。だからその真意を聞く為に、心太は通りの人混みからちょいと離れた柳の下までやって来てから語りかけたのだ。
「どういうこったい?」ともう一度問い掛けると。
いつの間にやら町娘の姿をした白狐が、心太の横に並んでしゃがみこみ小枝で地面に幾筋もの線を引きながら、
「だってさ、さっきも言ったろう。あの店は駄目なのさ。せっかく御隠居様が、晴れた気分して下さったのに、あの女将が店側にいつまでも居たらまたおかしくなっちまうだろ。あの店の為にも、一人でも多く呪いに惑わされない、まともな人がいなきゃならないんだよ。女将さんが、少しでもあのお稲荷様の結界の内側にいる時間が長けりゃどうにかなるかもしれないだろう。」と白狐は苦い顔で言う
心太は、いつになく眉間に皺を寄せて聞いていたが、
「確かにそうかもしれねぇな。」
と言って尻についた砂などを払ってからぐんと背伸びした。
「じゃどうする?眞島屋の女将さんの話をご隠居様が聞いてあげるだけでは駄目なんだろ?
その呪詛に使った石とやらを取り出して祓わなけけりゃ眞島屋に光が戻ることは無いんじゃねえのかい。」
そう独り言とも白狐に語りかけているとも思える様に言ってから、大きく息を吐くと、空を仰いで
「だけどおいらは、あの店には近づけねぇ」
と肩を落とした。
「私だって近づくなって言われてんだよぅ。ちっと考えてからまた話そうじゃないか。宿題さ」
と言って白狐は立ち上がり小枝をポイと川に投げ入れると、柳の葉の下を潜り姿を消した。
心太は、その夜何度も寝返りを打ちながらどうすりゃ上手くいくのか考えたが、良い考えなど浮かばない、そうこうしているうちに、白々と夜が明け鳥の鳴く声が外から聞こえて来た。
その鳴き声に耳をすませているうちに深く寝入り夢を見た。
「ピーチクパーチク蛙の子
蛙じゃないよ烏だよ
烏は黒くてかぁと鳴く
ピーチク鳴くのは誰だえな
少しは静かに出来ねぇか
闇夜の烏が屋根で鳴く
その朝赤児が泣き止んだ
お目々腫らした泣く女
黒いお石が耳ふさぐ
蛙も一緒おねんねさ」
童歌だろうか。子供の声が、夕暮れ時の薄暗い感じの街に響く。しかし誰も居ない。周りを見渡すと眞島屋の看板が見える。そして店の入り口から黒い小さな雲の様なものが地を這う様に出てきて凄い速さで、心太に向かって来る。
がばりと夜具の上に跳ね起きた心太は、だらだらと冷や汗をかいていた。
「おせいよ、心太」と同室の松吉に言われて、「すいやせん」と頭を掻きながら夜具を片付け先程見た夢の中の唄を思い出していた。
晴れて汗をかく陽気なのに、ガタガタと震え鳥肌が立ち背筋を冷や汗がするりと垂れた。
その日は、仕事をしながらも頭からその唄が追いかけてくる様に頭の中でくるくると繰り返し聞こえてきて、失敗ばかりしてとうとう旦那さんに呼ばれて叱られてしまった。
夕方、心太は方々に謝って回った帰り道、頭から離れない唄に、半ば朦朧としながら眞島屋の石がこの唄とどう繋がるか、ここは腹を括って以前の店の事を、近所や知り合いに尋ねてみよう思った。
まずは、今夜御隠居様に相談してみねば。
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